■第77話 事故
『ど、どうしよう・・・ 私、・・・どうしよう・・・。』
ナチが今にも倒れてしまいそうな血の気の引いた顔で、オロオロと立ち
竦んでいる。
ガタガタと全身で震え、握りしめたケータイはその手から滑り落ちた。
リコは息を呑んで呆然とするも、瞬時にぎゅっと目をつぶって早鐘を打
つ鼓動から気を逸らし、ナチをしっかり支えなければと自分をいなす。
自分のカバンとナチのそれを掴むと、いまだ狼狽えるナチの手を引いて
店を飛び出した。
バスに飛び乗って、リュータが運ばれたという病院へ向かう二人。
二人掛けの席に並んで座るも、その間、ナチはガックリと俯いたまま
一言も声を発しなかった。膝の上で手の平に爪が食い込む程ぎゅっと
拳を握りしめ、それは小刻みに震えて。
不安と恐怖に押し潰されて、消えてしまいそうだった。
必死に ”最悪なパターン ”を頭から追い出そうとするが、なにをどう
したって最も恐ろしい状況が脳内を占める。いつでも思い出すのはあの
リュータの調子いいお気楽な笑顔だったはずなのに。
リュータはバイクに乗っていて誤って横転したという。
安否など詳しい状況は何ひとつ分からなかった。
病院関係者からリュータの実家へ連絡が行き、電話に出たアカリが、
遠方の為すぐには向かえないので、ナチに連絡をして来たのだった。
『大丈夫・・・ 絶対、大丈夫だよ・・・。』
リコはナチに繰り返し繰り返し低く呟く。それは必死に自分に言い聞か
せるようでもあった。いまだ震え続けるナチの手をリコはそっと握る。
ナチの拳はリコに握られた事にも反応せずに、まるで首が折れてしまっ
たかのように、足元だけ見つめ俯いたまま。
そして、小さく小さく繰り返した。
『神様・・・ どうか神様、お願いします・・・
どうか・・・ どうかどうかリュータさんを助けて下さい・・・
私の分の運は全部、リュータさんに・・・ どうか・・・。』
バスは病院の敷地内のロータリーへ進入し、正面出入口前で停車した。
二人はよろけながらも走って総合受付へ行き、病院職員に詰め寄る。
すると、『今、手術中です。』
たった一言のそれ。
勿論、端的で明確なのだけれど、なんて簡素で冷たい言葉なのだろう。
待合室のイスに座って、リコとナチは手を握り合いただひたすら祈っ
ていた。互いの触れ合う手がじっとりと汗ばむが何故か酷く冷たい。
30分後。連絡を受けたリコの母ハルコが、弟リクを連れて慌ててや
って来た。おにぎりや飲み物を持って来たという母の声にも、リコと
ナチは強張った表情で首を横に振るだけで応じようとしなかった。
そこへ、病院廊下をバタバタと走る靴音が遠くから段々こちらへと響
き近付いてきた。
コースケが凄い勢いで駆けて来て、そこにいるリコ達を見止める。
『・・・リュータは・・・?』
その問い掛けるあまりに至極冷静な声のトーンが、逆にコースケの心の
動揺を表していた。
みんなで、待合室でどのくらい待ったのだろう。
誰一人声を発せず、泣くこともせず、ただただリュータの安否だけ願い
続けてその場に佇んでいた。
その時、
処置室の扉が開き、ストレッチャーに乗ったリュータが運ばれてきた。
『大丈夫ですよ。』 ストレッチャーを押す看護士の抑揚のない声。
しかし、その ”大丈夫 ”とは裏腹に、包帯だらけのリュータは体の
あちこちから管が延び、青白い顔をして弱々しく目をつぶったまま。
『・・・・・・・リュータさん・・・
リュータ、さん・・・・・・・・・・・』
ナチがストレッチャーを追いかけながら必死に声を掛ける。
しかし足がもつれ途中で躓き、病院の冷たい床にぺたんと座り込んで
しまった。その瞬間、堪えて堪えてパンクしそうだった胸の内がまる
でダムが決壊したかのように溢れだした。ナチは天井を仰ぎ大きな声
を上げて泣きじゃくる。
それは、悲鳴のような泣き声だった。




