■第65話 それぞれの放課後
教室内に終業を告げるチャイムが響く。
その瞬間そわそわと落ち着かない様子のリコとナチは、机の引出しから教科書を
取り出しカバンに詰め込むと、慌てて立ち上がり互いへと顔を向けた。
そして、
『私、進路指導室行くから。 ナチ、先に帰ってて!』
『私、今日は用事あるから。 リコ、先に帰るねっ!』
リコとナチ、二人は同時に発し一瞬驚いて顔を見合わせ、笑って手を振り別々に
教室を飛び出した。
リコは校舎3階にある進路指導室へやって来ていた。
そこは数々の進学先のパンフレットや資料がある部屋で、進路指導担当教師も
常駐し相談にも乗ってもらえる。棚ごとに並ぶファイルを指でなぞりながらリコ
は真剣な面持ちでお目当てのそれを探す。そして美術関係の学校の資料がある棚
を見つけると数冊選んで抜き取り机の上にドサっと置いた。
さっそくリコは美術系の学校を調べはじめていた。
もう心は決まった。次はそれに向けての準備を進めることが必要となる。どこの
学校にするか、大学か短大か専門学校か。受験科目、費用の問題。リコは熱心に
ページをめくり調べていた。
机に山積みになった資料に目を落とす顔は真剣そのものだが、その瞳はまだ見ぬ
未来へ向けてキラキラと輝いていた。
その頃、ナチはいつものファミレスに来ていた。
先日みんなで集まった時、アカリの失態を謝罪するという理由でリュータがナチ
にスイーツをご馳走するという約束の待合せは夕方5時。
今はまだ4時前だった。1時間以上も早かったが落ち着かなくてもう店に着いて
しまっていたのだ。
案内されたソファー席に少し緊張の面持ちでちょこんと座り、数分おきにチラチ
ラとケータイをチェックするナチ。まだ約束の時間には早いというのに、電話や
ラインが来ていないか、表通りにリュータの姿がないか落ち着きなくキョロキョ
ロ見渡す。
すると、窓ガラスの向こうの通りにアカリの姿が映った。
今日も同い歳には見えない大人っぽさで、花柄刺繍が散りばめられたミニワンピ
の揺らめきが細くて長い脚を更に美しく魅せている。
ナチはギョっとして慌てて顔を背け気付かれないようにするも、アカリは店内の
ナチを目ざとく見つけると手を振ってやけに上機嫌な笑顔で店にまで入って来た。
『あれ~? 一人で何してんのよ~ぉ?』
アカリはナチの承諾も得ずに向かいの席にストンと腰掛け、お冷を持ってきた
店員からメニューを受け取ると、それに目を落とすフリをしてチラリとナチを
盗み見てあからさまに嫌そうなその態度に笑いを堪える。
『なによっ!!
あっち行ってよね・・・ 約束があるんだからっ!!』
ナチが眉間にシワを寄せて必死に追い払おうとする。
そのやけにムキになる様子にピンときたアカリは、どこか試すように呟いてみた。
『私・・・・・・・・・
リュータと待ち合わせしてるんだけど、ここで。
・・・ちょっと、来るの早すぎちゃったかなぁ~・・・?』
アカリのその言葉に、ナチは目を見張って固まった。
ドキンドキンと心臓が急激に激しく打ち付け、耳元にまでそれがうるさく響く。
喉になにか痞えているように息苦しくて、目頭がじんわりと熱を持つ。
ナチは音も立てずにスっと立ち上がると、セーラー服の胸にカバンを抱えヨロ
ヨロと心許無い足取りで店を出て行ってしまった。
(ぁ。 さすがに、ヤバかったかなぁ・・・。)
アカリは、ナチがリュータと待ち合わせしているんじゃないかと当てずっぽうで
言ってみただけだったのだが、それが見事命中してしまったのだった。
ひとりその場に取り残されたアカリは唇を結んで俯き、バツが悪そうに爪を噛ん
で目を伏せた。
ファミレスを飛び出したナチは、弱々しくよろめきながらもなんとか足を前に
出しまだ日暮れ前の通りを一人で歩いていた。その背中はあまりに脆くて覇気が
無くて、今にも消えてなくなりそうなそれ。
傷付いていた。
ナチは酷く傷付いていた。
結局はそうなのだ。
結局は、仲間より可愛い妹を優先するのだ。
到底アカリには敵うはずないのだとショックを受けていた。
するとその時、
”もうすぐ着く。
腹減ったな。
スイーツの前に飯食っちゃうか?”
カバンの奥に手を差し込みケータイを取り出したナチの目に、リュータからの
ラインが飛び込んだ。
(嫌い、嫌い、嫌い、嫌い・・・
リュータさんなんか大っっっ嫌い・・・。)
泣き出しそうな顔でケータイ画面を睨み付け、ナチは電源をオフにする。
勝手に自分が想いを募らせていただけだという事は分かっているけれど、もう
リュータのことで喜んだり沈んだりする事に心から疲れていた。
リュータのことを好きで好きで仕方ない自分自身に、疲れていた。
ナチはたまたま目の前で止まったバスに乗り、車両後方へと進むと一番後ろの
席へ倒れ込むように座った。
しだいに陽は傾き、空の橙色が濃くなってゆく。
窓ガラスに頭を傾け、そっと目をつぶると震える目尻から雫がこぼれた。




