■第60話 アカリ
『超ぉぉおおお、遅っっいんですけど? 信っじらんない!!』
バイクをとばして駅まで迎えに来たリュータに、妹アカリは開口一番そう
言った。
腕組みをし不機嫌そうに片足を斜め前に出して、その踵はカツカツとアス
ファルトを踏み鳴らして。今にも舌打ちでもしそうな生意気な面持ちで、
ツンと顎を上げ目を眇める。
『15分で来ただろがっ!
・・・ってゆーか、何時着か先に言っとけ! バカっ!!』
これが、この兄妹のいつもの遣り取りだった。
帰宅する人々の出入りもだいぶ少なくなった夜の駅改札口前で、リュータ
とアカリは派手に喧々諤々繰り広げる。通り過ぎる人が、それをカップル
の喧嘩かと興味深げにチラ見してゆく。
『取り敢えず、乗れっ!!』 リュータはアカリに押し付けるようにヘル
メットを渡すと、アカリは意外と素直にそれを受け取り手慣れた感じで頭
にかぶる。そしてバイクの後ろに乗ると、リュータの腰に腕を巻き付けし
がみ付いた。
秋の少し肌寒い三日月夜の街を、二人を乗せたバイクは低いエンジン音を
轟かせながら颯爽と駆け抜けた。
軽快にバイクは坂道を上り、リュータのアパートに到着した。
玄関ドアを開錠し開けた途端、愛猫あおいがニャ~ニャ~鳴いてアカリの
足元に擦り寄り、全身で喜びを表現して訪問客を歓迎する。
上半身を屈め優しくあおいを抱っこして、やわらかい表情を浮かべるアカ
リ。リュータは無言でその穏やかな表情をチラリ横目で見つめながら、
今回こっちに来た理由を訊こうかどうしようか迷っていた。
すると、『お腹すいた。』 アカリがぶっきら棒に抑揚なく呟く。
先程まであおいに頬を寄せ甘い声色で話し掛けていたそれとはまるで違う
口調。それは問答無用で ”食べるもの、早く!”の意味だと、長いこと
兄妹をやってきたリュータは哀しい哉、即座に察する。
リュータが気怠げにノソノソと、狭いキッチン隅に設置してある冷蔵庫の
前でしゃがみ込み、そのドアを開けようとすると。
『ちょっと待って!! 信じらんない。
まさか今から作るとか言わないよね?
ムリムリムリムリ!!
なら、コンビニ行こうよ、コンビニ。 ほら、さっさと。』
あおいを優しく床へ下ろし、アカリは再びヘルメットを持ってさっさと
玄関を出てゆく。まだ抱っこしていてほしかったあおいが、もう外へと
行ってしまったアカリの見えない背中を追って玄関先で佇んでいる。
リュータは大きなため息をついて天を仰ぎ、ノロノロとそれに続いた。
先程上ったばかりの坂道を再び下り、アカリを乗せたリュータのバイクは
コンビニに着いた。
来客の合図のチャイムに学生バイト店員が『ッシャイマセー。』と感情の
ないマニュアル通りの挨拶を投げかける。
リュータはすぐさまカゴを持たされると、アカリの後ろをついて歩いた。
片手に握るカゴ内にどんどん放られ、山になってゆくお菓子の数々。
『メシじゃねぇのかよ、メシじゃ・・・
チョコやらポテチやら、お菓子じゃ腹膨れねーっつの!!』
リュータは苦虫を噛み潰したようなしかめ面で、アカリがカゴに入れた
お菓子をひとつずつ棚に戻す。
すると、
『バっカじゃないの?!
秋の新作はチェックしとかなきゃダメじゃん!!』
アカリが再びカゴに入れる。
棚から掴み取ったり、戻したり。カゴに入れたり、取り出したり。
二人はそんな遣り取りを延々繰り返し、文句の言い合いをし、だいぶ時間
をかけて買い物を終え、またリュータの部屋に戻ってきた。
アカリは子供の頃から兄リュータが大好きで、いつも何処へ行くにもくっ
付いて回る子供だった。そのアカリをリュータもとても可愛がり、アカリ
がケガをしないように、アカリがいじめられないように、アカリが泣かな
いようにいつも気にかけていた。
しかし、中学生になったアカリは急に家族に反抗するようになった。
リュータが高校入学にあたり家を離れ、一人暮らしを始めた頃からだった。
(今回も何か理由があってこっちに来たはずだよなぁ・・・。)
テレビを見てケラケラご機嫌に笑いながらお菓子を食べているアカリに、
リュータは気付かれぬようこっそりチラチラと視線を向ける。
そして、さり気なくさり気なく声をかけた。
『・・・で?
でぇ~・・・ そのぉ・・・ 今回は。 ・・・どした?』
さり気なく、さり気なく・・・
すると、
『別に。
・・・ってゆーか黙って。 今、面白いトコなんだから。』
『・・・ぁっそ。』 フローリングに胡坐をかいたまま、ガックリと
うな垂れるリュータ。何度目かのため息が冷えた床へと落ちて消える。
悩める兄であった。




