■第58話 進路
『進路について、各々考えておくように。』
担任のその言葉と配られた進路希望調査書で、自分達の状況を痛感させられた。
机の上のやけに堅くひんやりしたその用紙に目を落とすと、リコとナチは同時
に目配せをし合い眉根をひそめて肩をすくめた。
放課後。いつものファミレスにリコとナチ、そして向かいの席にリカコの姿が。
担任の口からさも当たり前のように出た ”進路 ”というワードが、頭の中を
延々ぐるぐる巡っていた。
高校2年の秋ともなれば、否応なしに ”先の事 ”を考えねばならない時期だ
という現実をいやというほど思い知らされる。
『ねぇ~、リカコさんはなんであの大学にしたのぉ~?』
ナチが不満の色濃い口調で訊く。
なんだかぶすっと膨れっ面で頬杖を付き、自分達の今一番の ”問題 ”を既に
突破しているリカコに八つ当たりするような不機嫌さで。
しかし、そんなナチの気配も気にも留めずリカコは飄々と即答する。
『遊びたかったから。』
そんな澄ましたリカコに、ナチは分かり易くため息をついた。
ストローの抜け殻袋に水滴を垂らし、芋虫のように蠢くそれをピンと爪の先で
弾いてもう一度しっかり声に出しため息を漏らすナチ。
リカコは続けた。
『私の ”遊びたかった”っていうのをポジティブに捉えんのよっ!
だってぇ~・・・ 考えてもみなさいよ?
たかが17,8で自分の一生を決めれるわけぇ~?
まだやりたいコトやら、なりたいモノが見付からなければ、
これから見付けるしかないじゃな~ぁい?
取り敢えず大学通って~ぇ、そこで出会う人や起こる事によって
今まで全く考えてもみなかったような ”何か ”を、
見付けれるかもしれないじゃ~ぁん?
私はその ”何か”の為に大学に入ったのよ!!
・・・てか、まぁ。
ただ単に、家に近かったてのもあるケド・・・。』
その説得力のあるような無いような、しかしやけに自信満々のリカコの言葉を
聞いてリコとナチは目から鱗状態だった。
二人は、気怠かった猫背の姿勢からシャキンと背筋を正して座り直す。
テキトーなのか否かイマイチはっきりしない、目の前に座る ”人生の先輩 ”
を崇めるように身を乗り出して見つめて。
ナチは以前リュータに叱られた事を思い出していた。
不純な動機で同じ大学に通おうとしたナチを、リュータは激しく否定したのだ。
(今まで全く考えてもみなかったような ”何か ”・・・。)
せめて少しでも興味がある事を勉強しながら、その ”何か ”を見付けたいと、
リコもナチも考えていた。
(・・・興味がある事、 ・・・かぁ・・・。)
しかし、すぐ答えが出せるほど簡単な問題ではなかった。
すると、分かり易く頭を抱え込み、うな垂れてテーブルに目を落とすセーラー
服姿の二人に、リカコが何かを思い出したように『ぁ。』と声を上げた。
『そいえば・・・
・・・アカリが来るって話、したっけ?』
”アカリ ”という初めて耳にした固有名詞に、リコとナチはブンブンと首を
横に振る。
『リュータの妹。・・・ほら、あんた達と同い年の。
なんか少しコッチに来るらしいよ。
みんなでゴハンでも、って話してたのよ。』
すると、『どどどどんな子っ?!』
喰い気味にナチが身を乗り出してリカコに詰め寄る。
勢いよく立ち上がった際に手がグラスにぶつかり、もう溶けかけた氷だけに
なっていたグラスの中身がテーブル上に少量こぼれた。
しかしナチの表情は、濡れたテーブルなど意に介さないほど真剣そのもので。
取って喰われそうなそのナチの勢いに、さすがのリカコも若干引き気味に背を
逸らした。
『どんな、って・・・
ん~・・・ 前に会った時はぁ・・・
”兄バカのリュータ ”と ”それをウザがる妹 ”
って感じだったかなぁ~?
・・・すっごいハッキリ物ゆう子よ。』
それを聞いたナチが眉間にシワを寄せ、胸の前で腕組みをして低く呟く。
先程まで頭を悩ませていたはずの進路の件はどこへやら。瞬時にして最重要課題
はすり替わり、ロケット鉛筆のように次のそれが目の前へそびえ立った模様で。
『なるほど・・・・・・・・。』
異様に真剣な面持ちのナチを見て、リカコは思わず大笑いした。
腹を抱えて身をよじり、愉しそうに一人ケラケラと笑い声を上げて。
『アンタみたいにめげない姿みてると、本当応援したくなるよ・・・。』
ナチの真っ直ぐな瞳を盗み見て、リコも心の中でめげてなどいられないと痛感
していた。




