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■第56話 もう大丈夫



 

リコは温かいまわりの人たちのお陰で、すっかり元気を取り戻していた。

 

 

まだ怖くて暗い夜道を一人で歩く事は出来ないが、今まで通り自室でひとりで

いられるようになり、本来のリコらしくたくさん喋り笑う事が増えてきていた。

 

静まり返った自室でベッドに腰掛け、机の上に置きっ放しにしているスケッチ

ブックへと手を伸ばす。

大切そうに一枚ずつめくると、そこにはコースケと共に考え描き記したいくつ

もの愛らしいイラストが現れた。

 

 

 

 (また・・・


  コーチャン先生と、絵が描きたいな・・・。)

 

 

 

リコはケータイを手に取り、指先でタップしてメールを打ち始めた。


なんだか時間が空いたことで、まるで初めてメールするみたいに胸はドキドキ

高鳴る。少し緊張しながら送信ボタンにそっと触れた。

 

 

すると、すぐ返信メールが返って来た。

 

  

 

  ◆From:コーチャン先生


  ◆Title:Re こんばんは。


  ◆元気になったみたいで安心したよ!


   今週末、また手伝ってもらってもいい?


   悪魔のような ”花さかじいさん ”が待ってるぜ!w

 

 

 

リコはケータイ画面を見つめ、潤んだ瞳で微笑む。

そして、コースケから借りていた絵本を愛しそうにギュっと胸に抱き締めた。

 

  

 

 

 

週末。リコは少し緊張の面持ちで久しぶりの保育園を訪ねると、コースケが裏口

で待ちかまえいつものあの笑顔で迎えてくれた。


リコはあの事件のことを細かく訊かれたりしたらと少し身構えていたのだが、

そんな事は杞憂に過ぎなかったとすぐさま気付く。

リコに負担をかけぬよう、コースケはあの事件のことは何も訊かなかった。

まるで何も無かったかのように、いつも通りの情けない笑顔のコースケだった。

 

 

片手に持ったカバンをコースケへと差し出し、借りていた絵本を照れくさそうに

渡すリコ。

 

 

 

 『コーチャン先生・・・


  これ・・・ ありがとう・・・

 

 

  すっごく嬉しかった。 すっごく元気になれたの・・・。』

 

 

 

すると、いつもの困ったような笑顔でコースケはただ黙って頷いて微笑んだ。

  

 

 

遊戯室の床に広げられた模造紙のイラストを見た瞬間、リコは吹き出した。


それは、コースケがたった一人で懸命に描いたであろう ”花さかじいさん ”

木にのぼったおじいさんが灰を撒き、辺り一面お花畑になるのを想定したの

だろう。やわらかい桃色の紙で作ったペーパーフラワーが散りばめられ、実際

花に触れることが出来る所までは素晴らしかったのだが。


主役であるはずのおじいさんの顔ときたら。まるで典型的な悪役の、それ。

敢えて描かないとそうは描けないような、半眼の腹黒いニヤケ顔をしていた。

 

 

 

 

 『これ・・・


  あははははははは・・・ あははは・・・。』

 

 

 

リコがその場にしゃがみ込んで笑い喘ぐ。


もう笑い過ぎて過呼吸になりそうなほどで、苦しそうに顔を歪めそれでもまだ

リコが笑い続けている。

コースケは笑われるであろう事を想像はしていたけれど、ここまで笑われるとは

思っていなかった。そんなリコを見て、思わずつられて笑い出してしまう。


 

 

 『失っ礼しちゃうよなぁ~。


  オイっ! 笑いすぎだっつーのっ!!!』

 

 

 

そう言うと、しゃがんで小さく丸まって大笑いし続けるリコの肩をポンと軽く

押した、その時・・・

  

  

 

 『きゃぁぁぁああああああああああ!!!』

 

  

 

リコが突然叫んでガタガタ震え出した。


目を固くつぶり小さく小さく体を縮め両腕で膝をかかえて、それは己の身を

守ろうとするかのように。

急にフラッシュバックのように、あの夜のあの感覚が甦ったのだった。

 

 

固唾を飲んでその場に立ち尽くすコースケ。

あまりに驚いてしまって、すぐには声が出せない。一歩も動けない。

 

 

リコの姿にショックを受け、ゴクリと息を呑む音が遊戯室の静寂に響く。

 

 

 

 『ごめん・・・ リコちゃん、ごめん・・・。


  ほんと、ごめん・・・ 

 

 

  ・・・俺、そんなつもりは・・・・・・・。』

 

 

 

泣いてしまいそうに小さく呟くと、コースケはリコに近付いて慰めていいものか

どうか考えあぐねる。様子を伺いながら少しずつ少しずつ、一歩また一歩とリコ

との距離を縮めていった。


いまだギュっと目をつぶって震えるリコの背中に、コースケが慎重に慎重に手を

当てる。その手はまるで幼い子供をあやすように背中を優しく小さくノックして。

 

 

そして、ゆっくり静かに膝を折りリコの横に座る。

 

  

 

 『ほら・・・


  もう、大丈夫・・・

 

 

  ・・・怖いことなんか、なんにも無いよ・・・。』

 

  

 

コースケは、優しく優しく両腕を広げてリコを包み込んでいた。

 

 

 



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