■第55話 一番近くで
『リコ、今日委員会だっけ?
私、用事あって残ってるから一緒に帰ろぉ!』
ナチはそう言うと、リコの背中をポンと叩いて教室から廊下へと駆けて行った。
廊下向こうに、ナチのふわふわの髪の毛が肩口のセーラーのあたりでご機嫌に
ゆらゆら躍っているのが次第に遠く小さくなる。
リコはそんな後ろ姿をちょっと驚いて見つめながら、正直、ホっとしていた。
今はまだ陽が照り付け明るいけれど、委員会が終わってから帰宅となると少なく
とも夕陽が沈む時間帯になってしまう。
ナチが一緒にいてくれたら、暗い中たったひとりで帰らなくても済むのだ。
すると、別の日。
リコが教師に呼び出され放課後残っていた、とある午後のこと。
話が長い教師に捕まり、やっと開放されて夕暮れ迫る誰もいない廊下をトボトボ
と歩き教室に戻ると、そこには机の端にちょこんと浅く腰掛けるナチの姿が。
『あっ! や~ぁっと戻って来たかぁ~・・・
一人で帰ってもつまんないから、待ってたよ~ん!!』
リコはあまりに驚いたのと嬉しかったのとで、咄嗟にナチに抱き付いた。
リコの大袈裟すぎる歓喜のハグに、ナチはケラケラと笑い声を上げまるで子供
をあやすように背中をトントンと叩いてなだめる。
すると、ナチのお腹からグゥウウウと地響きのような虫の音が鳴り響いた。
互い一瞬固まって顔を見合わせ、一拍遅れて大笑いし合う。久々ファミレスで
パンケーキでも食べて帰ろうという話になり、2人で夕暮れの学校を後にした。
リコは時間を忘れて久しぶりにたくさんナチとしゃべり、笑い、楽しい時間を
過ごした。
あの事件以降しばらくの間、すっかりリコの顔からは笑顔が消えかけていたが
時間が少しずつ少しずつ傷を癒してくれていた。引き攣った笑い顔しか出来な
くなっていたリコも、最近は声を上げて再び笑えるようになってきていた。
ふとファミレスから見えるガラス越しの通りの様子に目を遣ると、すっかり
商店街の照明が煌々と光る時間になっている。車道を走る車のヘッドライトが
眩しいくらいに行き交って通り過ぎる。
慌てて腕時計に目を落とすと、もう夜の8時を回っていた。
(お母さんに電話して近くまで来てもらおうかな・・・。)
するとその時、『オッケー、オッケー!! 待ってるわ~。』
気が付くと、目の前のナチが誰かと電話をしている。
キョトンとしてそれを見つめるリコに、ナチは少し気怠そうに言った。
『なんか、リュータさんが近くにいるから合流したいって。
リコ、もう少し時間大丈夫?
帰りはリュータさんに送ってもらいなよっ!』
家が近所のリュータが一緒なら、何も怖くない。
リコは慌てて自宅の母へと電話をしその旨を伝えると、電話向こうのハルコも
快く承諾してくれた。
久々にナチとリュータ、3人でしゃべりお腹を抱えて大笑いし合った。
静かな暗い帰り道。
あの事件と同じ、ひと気ない坂道。
しかしそれを思い出し怯える隙を与えないくらい、リュータはしゃべり続けて
リコを笑わせる。一瞬も沈黙になる事なく笑い過ぎて息つく暇もなく、あっと
いう間に自宅に到着した。
『お母さぁ~ん!』 リコは玄関先で母を呼び、リュータが送ってくれた事を
告げると、また無理矢理家に 上がるよう促すハルコ。
相変わらず遠慮という言葉を知らないリュータは喜んで家に上がり、弟リクと
ゲームをしたり、リビングでまったりとお菓子を食べたり散々くつろいで帰っ
て行った。
リュータが玄関を出た後で、ハルコが慌ててその背中を追いかける。その手に
はコロンと丸い物がふたつ入ったビニール袋を握り締めて。
リュータの朝食用に大急ぎでおにぎりを握っていたハルコは、どんどん坂道を
のぼって帰ってゆく背中をギリギリの所で呼び止めた。
『リュータ君・・・
今日はありがとね。
リコを送る為に、わざわざ来てくれたのよね・・・?』
駆け寄ったハルコがそう言って、リュータの手を取りおにぎりの包みを渡す。
ゴツくて大きな優しい手を、ありったけの感謝を込めるようぎゅっと握って。
すると、リュータが笑って首を左右に振る。
『お礼は俺じゃなくて、ナチに言ってやって下さい。
リコの一番近くで、一番気を配って見守ってるのは、
俺なんかじゃなく、アイツですから・・・。』
クシュンっ・・・
ナチが小さくクシャミをして、くすぐったそうにゴシゴシと鼻をこすった。




