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■第54話 絵本


 

 

 『ぁ、あの・・・ 


  ・・・これを、リコちゃんに・・・。』

 

 

コースケが母ハルコへ、絵本が入ったカバンを差し出す。

 

 

体を90度に折り曲げて深々と頭を下げ、カバンの持ち手を握り締める手を

真っ直ぐ伸ばして、せっかく訪ねてくれたというのに顔がよく見えない。

それは、なんだか受け取ったハルコが申し訳なくなる程の丁寧さだった。

 

 

ハルコは吹き出して笑ってしまいそうになるのを堪え、コースケの肩にそっと

手を当てて頭を上げさせた。そして朗らかに微笑みながらお礼を言った。

 

 

 

 『リコと一緒に絵を描いてくれてる方かしら・・・?

 

 

  あの子ね・・・


  最近絵を描くのに夢中で、とっても楽しそうなのよ。

 

 

  また、声かけてあげて下さいね。


  あの子ああ見えて意外に強いから、すぐに良くなるわ。』

 

 

 

それを聞いて、コースケは情けない程やさしい顔で心から安心した様に微笑む。


そして再度深々と頭を下げると、『失礼します。』と、ただ一言だけ挨拶をし

来た道を戻って帰って行った。

 

 

ハルコは玄関ポーチに出て、その後ろ姿をそっと見送っていた。


多くを語らない真っ直ぐな背中から伝わる、その優しさと強さ。

コースケの目はただただリコを気遣うそれで、起こってしまった事をいつま

でも憂慮するのではなく、これからの事だけを見ているように澄んでいた。

 

 

坂道にどんどん小さくなるその姿を見つめ続けるハルコは、まるで幼い日の

恋心を思い出すように、なんだか胸の奥がじんわり温かくなりきゅっと締め

付けられる。最近のリコが見せる、眩しいくらいキラキラした笑顔を思って

少しだけ瞳にこみ上げたそれをひとしずく指で拭った。

 

 

 

ハルコは家へ戻ると、リビングのソファーにもたれ掛かりどこか居場所無げに

ぼんやりテレビを眺めているリコへと、散々勿体付けながらカバンを渡した。


最初そのカバンがなんだか分からなかったリコは、小首を傾げながらしずしず

と中を覗くと絵本の背文字に気が付いた。


すると、弾かれたように立ち上がり少し足を引きずって玄関へと急ぐ。

玄関ドアを開けて小走りでポーチを抜け坂の下を見下ろすと、遠く小さくなっ

てゆくコースケの後ろ姿が見えた。


もうその背中はだいぶ小さくなって、きっと他人が見たらコースケのそれだと

気付かないだろう。しかしリコは涙ぐみながら、その痩せたTシャツの背中が

遠く坂道下の角を曲がって見えなくなってもずっとずっと見つめ続けていた。

 

 

潤んだ瞳でカバンをそっと開けてみる。


そこには年季の入った絵本が数冊入っていた。一冊ずつ取り出して表紙を見つ

め嬉しそうに頬を緩めるリコの指先に、絵本とは違う感触のそれが触れる。


不思議に思い掴んで引き出すと、一枚の手書きのメモが出て来た。

  

 

 

  ”リコちゃんが来てくれないと、


   俺の壊滅的に下手くそなイラストで


   園の壁が埋め尽くされちゃうよ~。


   戻ってくるの待ってるからな!! ”

 

  

 

そのメモをリコは微動だにせず、暫くじっと見つめていた。


几帳面だがあまり達筆とは言えないその文字。

はじめて見たコースケの書いた文字。

ボールペンで書かれたそれの上にひと粒雫がこぼれて微かに滲む。

   

 

 

 『リコ・・・?


  お母さん、リュータ君も大好きだけど・・・


  ・・・あの子も・・・ ほんと、いい子ね~ぇ?』

 

 

 

ハルコが背後からこっそりリコの様子を盗み見て、聞こえよがしに呟いた。


玄関ポーチで時間が止まったかのように佇み俯いている、恋をする娘の背中

をあたたかく見つめ微笑んで。

 

 

リコは潤んで真っ赤になった目を慌てて拭い、顔を伏せたまま玄関へ駆け込む

と2階の自室へ上がった。


そして、机の上に置きっ放しにしていたケータイを掴みメール作成画面を開く。

 

 

 

  ◆To:コーチャン先生


  ◆Title:ありがとうございます


  ◆さっきは挨拶もしないでごめんなさい。


   ありがとう。


   本当に本当に嬉しかった。


   またイラスト描きましょうね!

 

  

 

ケータイを胸に抱き、ひとつ深呼吸してから送信ボタンに触れた。

 

 

そして、一番心配をかけたナチにもお礼を兼ねてラインを送信した。

すぐに返事を送ってきたナチが、文字変換ミスだらけで慌てふためいた様子が

伺えて思わずリコはクスリと笑った。

 

 

まわりのあたたかい人達に支えられていることを改めて痛感したリコだった。 

 

 


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