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■第50話 仲間


 

 

暫くの間、ナチは一言もしゃべらずにその場に固まっていた。


ふんわりとカールがかった栗色の髪の毛が、顎の辺りで呼吸に併せて揺れて

いる。小さく覗いている耳のふちが、血が沸騰したかのような赤色で。

 

  

 

 『・・・ナ ・・・・・ナチ?』

 

  

 

リュータは居場所無げに背を丸め、ナチの様子を伺いながら恐る恐る呼び掛け

るとナチはガバっと顔を上げ潤んで真っ赤な目を向けて早口でまくし立てた。

 

  

 

 『私・・・


  ・・・私。 別に・・・ 別に、そうゆーんじゃないからっ!

 

 

  ヤだ、なに訳分かんない事言ってんの? リュータさん・・・

 

 

  勘違いだよ、勘違いっ!! 


  ・・・・超ハズくない? バっカみたい・・・。』

 

 

 

その声は数日発していなかったかのように間違ったボリュームでやけに大きく

そして分かり易く空元気で、痛々しいほど上ずってこぼれ落ちた。 


再び電池が切れたかのようにうな垂れて、膝の上できつく握り締めた拳を見つ

めるナチ。あまりに力が入り過ぎたそれは、指の関節の辺りが白っぽい。

 

 

 

 『・・・私、帰るねっ!


  じゃぁ、またみんなで遊ぼうね~!』

 

 

 

ナチは最後の力を振り絞るように立ち上がると、リュータの方は一切見ずに

若干よろめきながらファミレスを駆けて出て行った。出入口の扉が開閉した

合図のチャイムが物悲しげに店内に響き渡ると、一拍遅れてウエイトレスの

『アリガトーゴザイマシタ。』というマニュアル通りで感情のない挨拶が聴

こえた。

 

 

一人そこに取り残されたリュータ。


情けなく丸めた背でソファーの背もたれに寄り掛かり、ただ瞬きだけをして

いた。テーブルに置かれたナチの飲み掛けのアイスティーは、氷が溶けて

美しいはずの琥珀色は薄まってしまい、ただの水のようになっている。

 

 

リュータはそれをぼんやりと見つめ上半身を背もたれから起こすと、テーブル

に両肘をついて頭を抱え込み、大きな溜息をついた。

 

 

 

 (俺・・・・・ サイッテー・・・・。)

 

 

 

 『あああぁぁぁぁぁぁぁ・・・。』

 

 

 

テーブルに突っ伏して、声を上げた。


真っ赤に染まって引きつり、今にも泣きじゃくりそうなナチの顔が頭から離れ

なかった。

 

 

  

 

  

ファミレスを飛び出したナチは、足早に通りを歩きながらちょっと笑っていた。

いくら締め出そうとしても、繰り返し繰り返し頭の中で響くリュータの言葉。

 

 

 

  ”イコール ”愛情 ”なのかどうか、


  ・・・正直、俺。 分かんねんだ・・・”

 

 

 

ナチは再び自分を嘲るように笑う。

 

 

 

 (私・・・・・・ ほんと、バカみたい・・・・・・。)

 

 

 

すると、頬に後から後から涙が伝った。


足元のアスファルトに水の粒の跡が次々零れるのを見て、ナチはそっと頬に

手を遣り自分が泣いていることを知る。自分の意思とは思えない程に、それは

勝手に瞳から溢れて流れ続けた。

 

 

 

 (ほんと・・・ 


  ・・・私・・・ バカだ・・・・・・・・・・。)

 

 

 

止めどなく流れる涙を他人事のように見つめ、ナチはどんなにリュータの事を

好きになっていたか今更ながら気付く。いつの間にか心の中は全てリュータで

埋め尽くされていたことを。

  

いつもはこんな風に辛い時・悲しい時、泣きたい時に電話する相手はリュータ

だった。からかったり馬鹿にして笑ったりしながらも、いつも最終的にはリュ

ータが、リュータの思いやりある一言が、ナチを包み込んでくれた。

 

 

でも、もうそれは出来ない。

 

 

 

 (もう電話とか、ラインとか、しない方がいいのかな・・・。)

 

 

 

付き合っていたわけではないけど、リュータにこんな気まずい思いをさせ

あんな言いにくい一言を言わせてしまった今、もう中途半端に連絡はしない

方がいいのではないかと思っていた。


そっとカバンからケータイを取り出し、指先でタップしてリュータの登録画面

を表示する。

 

 

 

  (これを削除すれば・・・ もう・・・・・・・・・・。)

 

 

 

しかし、泣きはらした真っ赤な目でただそれを睨むように見つめ続けるナチ。


着信履歴の画面を表示するとそこには多くの ”リュータさん ”という名称が

並ぶ。きゅっと口をつぐんだ。再び溢れてきた涙で画面が滲んでぼやける。

 

 

すると、着信履歴の中に ”リコ ”という名前が目に入る。

削除ボタンに触れかけた震える指先が、そこでピタリと止まった。

 

 

ナチ一人の自分勝手な感情で、せっかく仲良くなれた5人のバランスが崩れて

しまったら、関係ないみんなにまで気まずい思いをさせてしまったら、それは

何よりも嫌だった。それだけは避けたかった。

 

 

ふと、リコの顔が浮かぶ。


コースケとイラスト描きをする話を、子供のように目をキラキラさせて幸せそ

うに話していたリコを。

コースケとの接点を持てた事をあんなに喜んで張り切っている今、ナチがそれ

に水を差すなんて絶対したくなかった。

 

 

みんなが大好きだった。

リコもコースケもリカコも大好きだった。

一緒にいたいし、みんなで笑い合いたいし、絶対に離れたくなかった。

 

 

通りの真ん中で立ち竦んでうな垂れたままだったナチが、真っ直ぐ顔を上げる。

その顔は、何かを決心したような強いそれ。


片手に握り締めていたケータイに再び目を落とし、文章を入力し始めた。

 

 

 

 ‘急に帰っちゃってごめんなさい。


  今まで通り、仲間の一人でいいから。


  私のことは気にしないでいいから。’

 

 

 

そして、ナチは最後にありったけの想いを込めてその一行を入力した。

 

  

 

 ‘だけど、やっぱりリュータさんが大好きでした。’

 

 

 


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