■第49話 正直な気持ち
ナチが猛ダッシュでいつものファミレス店内へ飛び込むと、奥の方の4人掛席
にリュータが座っていた。軽く背中を丸め背もたれに寄り掛かって、どこを見
るでもなく不安定に視線を流して。
その姿を捉えるなり、手を挙げ笑顔でリュータの元へ駆け寄ったナチ。
『ごめんっ! 結構待った??』
ナチはリュータの向かい席にドシンと騒々しく座ると、ウェイトレスが持って
きた水を喉を鳴らし一気に飲に干した。
そして『暑い暑い』と呟き手で扇いで顔に微風を送りながら、矢継ぎ早にお冷
のおかわりを頼む。
『別に、そんな急がなくてもよかったのに・・・。』
呆れて笑いながら優しい目を向けるリュータに、ナチは急激に照れくさくなり
『別に・・・ 急いでないけど。』と分かり易く目を逸らして誤魔化した。
向かい合い座る二人は、のんびりお茶をしながら互いの近況を話す。
リコがコースケの手伝いを始めた事、愛猫あおいの事、そしてナチの進路の事。
『私。 リュータさんの大学行こっかな~?』
アイスティーのグラスの氷をストローで突きながら、ナチが半分冗談半分本気
でサラリと呟く。カランカランと氷がグラスにぶつかる音に紛れて、リュータ
の反応をチラリと横目で一瞬盗み見ながら。
すると、
『そうゆう大事な事を、
俺がいるとかいないとか、
んな、くだらない事で決めんなっ!!』
珍しくリュータがキツい口調で言い放つ。その表情は真っ直ぐナチを見眇め
口端はきゅっときつく噤まれて、いつもの上機嫌に口角があがったそれでは
無い。
ナチは驚いて固まり、そして一拍遅れて募ったショックに暫く黙りこくる。
肯定されないにしてもこんなにまで否定されるとは夢にも思わず、じわじわ
込み上げる哀寂に飲み込まれそうになった。
『ャ、ヤだ・・・
・・・じょ、冗談だよぉ~~!!
私・・・
リュータさんと同じ大学なんか、
別に、全っっ然、行きたくなんかないもんっ!!』
わずかに残るプライドを絞り出すように、ナチは大慌てで必死に強がった。
その声色は心許なく震えてこぼれ、痛々しさだけやけに際立つ。
実はナチの中で、漠然とだが進路の件は考えていなかった訳ではなかった。
リュータと少しでも一緒にいられたら。
学年は違えど、同じ校舎で過ごせたなら。
ランチやサークルや登下校の風景を思うだけで楽しくて幸せで、更にそこに
リコもいてくれたら最強だと、勝手に一人想像しニヤニヤと舞い上がって
いたのだった。
しかし今、目の前にいるリュータはそれを全否定した。
(どうして・・・
私が近くにいたら迷惑なのかな・・・
やっぱり・・・
私の事も、あの日の事も、なんとも思ってないのかな・・・。)
必死に強がっていたはずが、見る見るうちにナチの表情が曇ってゆく。
俯いて耳を真っ赤に染めて、細い肩は情けない角度でガックリと落ちて。
リュータは思わず発してしまった語気の強さに苦い顔をして眉根をひそめ、
ゆっくりとナチへと視線を向ける。そして小さくひとつ息を吐くと、膝の
上に置いた手をぎゅっと握り締め拳を作った。
”言わなければならないこと ”の決心をした拳に再びぎゅっと力が入る。
そして、リュータは真っ直ぐナチを見つめ静かに切り出した。
『ナチ・・・
ぁ、あのさ・・・
俺。 お前の事は・・・
・・・本当、手ぇかかるし、泣くし、怒るし、すねるし、
こう、なんつーか・・・
放っておけないっつーか、気になって仕方ないっつーか・・・
でも、それが・・・ イコール ”愛情 ”なのかどうか、
・・・正直、俺。 分かんねんだ・・・
この間の・・・ ァ、アレは・・・
あんなの軽い気持ちで、その場の感情だけで、あんなの・・・
ほんとにダメだったって、マジで反省してる・・・
あの・・・
もし、気を持たせるみたいになってたら
ちゃんと謝らなきゃ、と・・・ 思って・・・。』
ナチはそれを黙って聞いていた。
否。自発的に黙っていたのではなく、一言も声を発することが出来ずにいた。
これ以上ない程のショックを受けていた。
リュータの言葉が、ひとつの単語・単語が、ナチの胸に容赦なく突き刺さる。
”嫌いじゃないけど、好きかどうかは分からない ”と、面と向かってハッキリ
言われてしまった。
リュータは懸命に言葉を選んで話してはいるが、結論はそれなのだ。
瞬きという行為も忘れたかのようにテーブルの上のグラスを見つめ続けるナチ。
あの日、頬にキスされた日。狂ったように打ち付ける胸を、天にも昇るような
気持ちで愛おしく愛おしく小さな手の平で押さえた感触を思い、テーブルの下
の自らの手にそっと目を落とした。
あの日のそれと同じものとは思えない程、哀しく小刻みに震えている。
(舞い上がっていたのは・・・ 私、だけ、だったんだ・・・。)
真っ赤になってうな垂れたまま、微動だに出来なくなっていた。




