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■第48話 リュータとナチ


 

 

ナチはリュータにラインを送ろうか悩んでいた。


自室でベッドに腰掛けまるで縁側にちょこんと座る年寄のように物寂しげに背中

を丸めて、両手に握り締めたケータイを随分長いこと睨み続けている。

 

 

どんな内容で送ったらいいのか、 ”この間の事 ”には触れない方がいいのか、

その前に ”この間の事 ”をリュータはどう思っているのか。

 

 

聞きたくて、聞きたくない。

知りたくて、知りたくない。


あの ”キス ”以来ずっと悩んでいたのだった。

 

 

 

 (とにかく、普通に・・・ いつも通りに・・・。)

 

 

 

そう思ってからもう、ゆうに3時間は経っていた。


”普通 ”で ”いつも通り ”を装った文章を入力しては消去、入力しては消去

を繰り返し、ケータイ画面を睨み続ける目が少し霞んでぼやけてゆく。

 

 

そして、やっとの事で完成した渾身の一文は、よく見ると3時間前にも同じよう

な文章を作成していた気もするのだが、そんな細かい事など気にしている余裕は

今のナチには無い。

 

 

 

  ‘あおいは元気~?


   今度あおいと遊びたいなぁ~ ’

  

 

 

 (うん・・・ 自然だ。


  ・・・不自然なくらい、自然だわ・・・。)

 

 

 

送信ボタンに指を掛けかけて、止まる。

ギリギリでそれに触れない指先。


そこから再び、画面を睨む時間が恐ろしくノロノロと流れた。

 

 

一度ケータイを胸にぎゅっと押し付け、大きく深くひとつ呼吸をする。

そして祈るようにおでこに当てると『どうか・・・ 神様・・・。』と小声

で呟き少し震える人差し指の先で送信ボタンに恐る恐る触れた。

 

 

メッセージが送信された合図のメロディが鳴ると、ナチは途端に怖くなって

しまってベッドから掛布団を乱暴に剥ぎ、それを頭から被り体育座りをして

小さく小さく縮こまる。


その暗く狭い空間が、なんだか世間から隔離され独りぼっちになったように

感じる。熱く息苦しいのはこの空間のせいなのか、緊張のそれかナチには区

別が付かなかった。

 

 

すると、15分後。


汗ばんだ片手に握り締めるケータイに、返信が来たメロディが響いた。

いまだ頭から被り続ける暗い布団の中で、ケータイの画面の明かりがぼんやり

浮かび今にも泣き出しそうな不安顔を照らす。


ナチが弱々しく目を上げ、画面に表示されたメッセージをそっと見つめた。

 

 

 

  ‘今度 ’

 

 

 

 (・・・・・。)

 

 

 

リュータからの返信は、そのたった二文字だった。

『今度・・・。』 ナチはそれを声に出して読み返す。

 

 

そして、ちょっとだけ嗤った。

『・・・今度。』 もう一度呟いたそれは、涙声で震えてくぐもった。

 

 

 

 (短い・・・


  短いどころか、素っ気無い・・・

 

 

  なんで? どうして??


  私、なんか気に触る事しちゃったかな?


  それともただ、今忙しいだけなのかな?

 

 

  ”この間の事 ”後悔してるのかな?


  なかった事にしようとしてるのかな?

 

 

  私の事なんか、ちっとも、ゼンゼン、全く好きじゃないのかも・・・

 

 

  むしろ・・・


  ・・・ちょっと鬱陶しく思い始めたのかも・・・。)

 

 

 

ナチは半べそ状態だった。悪い方悪い方ばかりに考えてしまって、もうマトモな

思考回路が保てない。どんどん込み上げてくる憂苦に飲み込まれそうで息苦しく

て思わずケータイの電源をオフにしようと指を掛けた、その時。

 

 

♪~・・♪♪♫~・・・♫  オフにするより一拍早く着信音が響いた。

 

  

 

  ◆着信:リュータさん

 

 

 

ナチは涙ぐみ、駄々を捏ねる子供みたいにイヤイヤと小さく小刻みに頭を振る。

 

 

 

 (どうしよう どうしよう どうしよう・・・。)

 

 

 

そして、意を決し鼻をすすりながら電話に出た。

 

 

 

 『悪りぃ 悪り~ぃ!


  打ってる途中で間違って送信しちゃった。』

 

 

 

電話向こうのその声はいつもの明るく元気なリュータで、ナチの痛々しい程に

真っ赤っ赤に染まった耳にじんわりと沁みてゆく。


面倒くさがりなリュータはあまりラインが得意ではない為、まだ続きを入力

している途中で誤って送信ボタンを押してしまったのだった。

 

  

 

 『・・・ナチ?


  お~ぉい! ナチぃ~??』

 

 

 

全く反応が無いナチに、リュータが何度も呼び掛ける。

ナチはそれを涙を堪えきゅっと口をつぐんで聴いていた。


いつの間にか気付いたら呼び捨てで呼んでくれていたリュータ。

ただ名前を呼び捨てにされるだけの事が、こんなにも嬉しかったなんて。

 

  

 

 『もう ・・・嫌われたかと、


  ・・・思ったじゃないのよぉ・・・・・・・・・・。』

  

 

 

かすれる声でそう小さく呟くと、ナチは電話口でついに泣きだした。

声にならない声を漏らし、鼻をすする音がくぐもって伝わる。

 

 

 

 『なんだそれ~ぇ


  嫌う理由なんか、あったっけ~ぇ?』

 

 

 

リュータはそんなナチに呆れ笑いすると、やれやれといった感じでなだめる。


しかし優しく笑いながらも電話向こうのリュータのその表情は浮かないもの

だった。首を反って天井を見上げ、こっそりと溜息を付く。


ナチに気を持たせたままの曖昧な今の状況をなんとかしなければと痛感した。 

  

 

 

 『ナチ・・・


  ・・・あのさ、今から時間ある?』

 

 

 


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