■第43話 突然の
バラバラとリコの足元に散らばってしまった色とりどりのパステルをしゃがんで
拾い集めるコースケ。
突然のコースケの姿にあまりに驚きすぎて、リコは声を出す事が出来ない。
ただただせわしなく瞬きを繰り返し、想定外の出来事に全く準備が出来ていなか
った心臓をバクバクと狂ったように高鳴らせ、軽くパニック状態になっていた。
コースケが懸命に拾い集めてくれるパステルがケースに全て元通りになってゆく
のを呆然と見つめ、リコはそのお礼を言うのすら忘れ何も出来ずに棒立ちのまま。
『絵、描くんだね?』
コースケは拾い集めたパステルに目をやりそっと立ちあがると、いつもの優しい
笑顔を向ける。
コクリコクリと覚束なく頷き、『ぁりがとう・・・。』とやっと声を発したリコ。
そしてもう一度きちんと礼を言うと、少し照れくさそうに髪の束を耳に掛けた。
現れたそれは耳たぶまで真っ赤になって、ジリジリと熱を持っていた。
『全くのド素人なんですけど・・・
・・・好きなんです、描くの・・・。』
胸の前で抱えた愛用のスケッチブックにチラリと目を遣って、小さく微笑む。
すると、コースケはリコのその笑顔にホっとしたような目を向け、急に少し真面目
な声色で言った。
『あの・・・ この間・・・
バーベキューの時は、ほんと、ごめんなぁ・・・
なんか、中途半端に解散になっちゃって・・・。』
リコはあの日以来コースケに逢っていなかった。
それどころか、メールの遣り取りも全くしていなかったのだ。
本来であれば ”楽しかったです ”のひと言でもメールする性格のリコだったが
あんな現場を目撃してしまい、泣きながら帰ったあの日をお世辞にも ”楽しい ”
と文字にする事など出来ず、今に至っていたのだった。
『絵本も返そうと思ってたのに・・・ ごめん。』
コースケが申し訳なさそうに呟く。
背中を丸め後頭部をガシガシと掻いて、情けない笑顔を更に情けなく歪めて。
(コーチャン先生の言う ”ごめん ”は、
バラバラに解散したことに対する ”ごめん ”なんだよね・・・。)
リコはそのバツが悪そうな下がり眉を見ていたら、思わずちょっと意地悪くマリ
の話を切り出してみようかと少し考え、やはりそんな事出来ずにやめた。
落とし処のない想いにやるせなく揺れる気持ちは、自分が誰よりも分かっている
のにと、ひとりかぶりを振る。
『絵本は、本当にいつでもいいですから。
・・・ぜんぜん、気にしないで下さい!』
リコがいつもの明るい笑顔で返すと、コースケはやっと安心出来たように肩の
力を抜いてやわらかく笑った。その笑顔も声色も少しだけ無理をしている事に
リコの想いを知らないコースケが気付けるはずもなく。
コースケはたまにジョギングしにこの境内に以前から来ていたという。
リコと同じように、ここから見える景色が好きだったのだ。
『・・・絵、見てもいい?』
コースケの一言に、リコは目を白黒させて大慌てで断る。
片手を ”イヤイヤ ”と振り、他方の手はしっかり胸に抱くスケッチブックを
死守しながら。
実際、人に見せられるようなレベルではないし、ただお遊びで描いてるだけだ
からと何度言っても、コースケは愉しそうにケラケラ笑いながらスケッチブック
を引っ張って奪おうとする。
『いいから、見せろってぇ~!』
『やだっっ!! 下手くそだからっ!!
・・・ムリ!! もぅ、ホントにムリだからぁ~・・・。』
しかし、男のコースケの腕力に細腕のリコが敵うはずもなく、スケッチブックは
いとも簡単にリコの手を離れた。
コースケは悪戯好きの子供のように頬を上げてニヤリほくそ笑むと、スケッチ
ブックの表紙をめくる。最初ニヤニヤしていた顔は次第にまじまじと真剣に目を
落とし、その口は一言も発することなく噤まれてしまった。
その横顔を、リコは落ち着きなくソワソワしながら見つめていた。それはどこか
泣いてしまいそうな、恥ずかしくて仕方なさそうな目で。
(下手すぎて、呆れられたかな・・・。)
すると、
『リコちゃん・・・ 頼みがあるんだけど・・・。』
コースケが低い声色でぽつり呟いた。
『ん?』と目を向けたリコに、コースケは続ける。
『暇な時でいいからさ、園のイラスト描くの手伝ってくんない?』
コースケは、全くと言っていいほど絵の才能が欠如していた。
しかし育った環境もあり子供が大好きで、そしてなにより保育園を愛していた。
園を子供たちが喜ぶ素晴らしいものにしたいという思いが昔から強く、それは経営
者である両親に色々な提案をして、保育士たちに協力して自らも行動するくらいだ
ったのだ。
園内を彩りたいイラストのイメージは出来ていても、美術の分野がからっきしダメ
なコースケには自分の手でそれを形に出来ないことに歯がゆさを感じていたのだ。
リコの顔が瞬時にパっと明るくなる。目がキラキラ輝いて、頬は高揚して。
切れかけていた蛍光灯が新しくなった様に、それは目まぐるしい変わりようだった。
『・・・私でいいなら、喜んでっ!!』
体の横で不安げに垂れていた手にぎゅっと力を込め握り締める。
リコは、自分がコースケの役に立てるかもしれない事にはち切れんばかりに胸が
ドキドキと高鳴っていた。




