■第41話 キス
『 ”ウチのあおい ”って・・・。』
ナチは、白猫を抱き締めたまましゃがみ込んでいる体勢から、ゆっくりと立ち上が
る。脚が軽く痺れていて少しよろけながら。そして、リュータと白猫の顔を交互に
見て言葉を失くした。
『あおい、って・・・。』 せわしくなく瞬きを繰り返し、頭の中を整理しようと
必死になる。あまりにドキドキして苦しくて、大きめに呼吸をすると胸が上下した。
『なぁーにを勝手に勘違いしてんのか、知らんけどよー・・・。』
そう言うと、リュータが声を上げて大笑いした。
腰に手を当て背中を丸めて、リュータが笑う。いつまでもいつまでも愉しそうに。
それは知らぬうちにされていたナチからの誤解が解けてホっとした事による笑い
だったのだが、あまりにずっと笑われ続けるものだからナチは少し悲しくなって
きていた。
ナチはどうしようもなく恥ずかしくなって、頬も耳も真っ赤にして俯く。
勝手におかしな誤解をしてリュータに八つ当たりした自分が情けなくて、きまり悪
くて格好悪すぎて、自分でも気付かぬうちにポロっとひと粒涙が落ちた。
すると、俯くナチの肩が小さく震えてる事に気付いたリュータ。
『な~に、お前まで笑ってやが・・・。』
と、からかいかけてナチの涙が目に入る。
それは瞳からこぼれて頬を伝い、顎から滴って透明の雫が心許なく揺れていた。
『まったく・・・ 世話やけんなぁー・・・。』
そう言って、リュータは微笑みながら一歩前進する。
ナチとの距離が縮まると、胸に抱かれたままのあおいがリュータの姿にニャ~と
嬉しそうに高い声でひと声鳴いた。
目を細め頬を緩めたままリュータは両の指先でナチのまあるい両頬をつねって
優しく引っ張る。両腕であおいを抱いている為、ナチはそれに抗うことも出来ず
『ふえぇぇん・・・。』と情けない声を漏らして再び涙をこぼした。
(子供かっ・・・。)
小さい子供でもあやすかのように、リュータの大きな手がナチの頭をガシガシ
撫でた。
ふと覗き込むと、ナチの長い下まつ毛に大きな涙の雫がたゆたっている。
ころんと小さな鼻の頭が赤い。まあるい頬には幾筋もの濡れた跡が付き髪の毛
が張り付いている。
リュータは、恥ずかしそうにまだ下を向いてどこか苦しそうに瞬きをするナチ
に近付くようにそっと背中を屈め、顔を寄せ。
濡れたまあるい頬に、小さく小さくキスをした・・・
ナチは、今日の出来事を何度も何度も思い返していた。
(夢なんじゃないかな・・・
もしくは、泣きすぎて脳みそ少し流れちゃって、
妄想を現実だと思い込んでるんじゃ・・・?
でも、でも・・・ 確かに・・・ 多分・・・ 私の頬に・・・
でも、ただ、ちょっと。ぶつかっただけなのかも。 きっと、そう!
きっと、アレはなんかの事故・・・
・・・事 故・・・?
でも、やっぱり、私・・・・・・・・
・・・リュータさんに、 ・・・キス・・・ された・・・。)
パジャマ姿でベットに腰掛け枕を抱えて、ナチは一人ジタバタしていた。
バタ足のように両脚を交互に上下しては、抱きしめた枕にぎゅぅうううっと
力を込める。
(次に逢う時・・・ どんな顔して逢えばいいのよ・・・。)
思い出しては真っ赤になってジタバタし、再びこの先の色々なことを考えあぐね
独り言を呟いてはジタバタ・・・
その繰り返しだった。
延々それを繰り返して、気が付けば夜が明けた。
リュータの薄くてひんやりした唇が触れた右の頬に、そっと手を当ててナチは
目を瞑る。全身が心臓になってしまったのではないかと思うくらいに、ナチの
全部がドキドキを発して暴れる。
(私・・・ 死んじゃうってばぁ・・・。)
ナチの恋も、猛スピードで動き出していた。




