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■第40話 ナチとリュータとあおい

 

 

 

 『私・・・ 帰る・・・。』

 

 

脱力したようにうな垂れたままそう言うと、ナチはリュータの誘いを断り足早に

歩き出した。


『ナチっ!!』リコが呼び掛け追おうとするより先に、慌ててリュータが部屋

から飛び出して来て、ナチの腕をむんずと掴んで引き留める。

 

  

 

 『お前、どーしたんだよ? こないだから、なんか変だぞ~ぉ?』

 

 

 

リュータが優しくナチの顔を覗き込みながら声を掛けた。


俯いたままのナチの目に、スウェットにサンダル履きのくたびれた部屋着姿が

映った。ゆっくりと顔を上げると目に入ったリュータの後頭部にはまたピョコ

っと髪の毛が飛び跳ね寝癖が付いている。

 

 

 

 (こんな気の抜けたリュータさんが、あおいって人と、二人で・・・。)

  

 

 

 『・・・ヤだっ!! 離してっ!!』

 

 

 

ナチが大声を上げて、リュータの手を思い切り振り払った。


その瞬間、固唾をのみ体を強張らせるリュータ。まるで汚いものにでも触れら

れたかのように冷たく振り払われたその手に、大きなショックを受けていた。

リュータが寂しそうにそっとナチから目を逸らす。


そして、『・・・悪かったな。』と先程と変わらない優しい声でぽつり呟き、

踵を返すとノロノロと自分の部屋へ足取り重く戻って行った。

アパートの外階段を踏み上がる乾いたリュータの足音がカツンカツンと寂しげ

に鳴り次第に遠ざかる。

 

 

リコはリュータとナチの間でオロオロと狼狽えていた。


ナチは不機嫌そうに俯いたままで、リュータは哀しそうにこの場から去ってしま

った。二人の間に何がありどうしてこうなってしまったのか、全く分からない。

 

 

すると、不遜な態度にも見える様子で下を向き脹れたままのナチが早足で歩き出

した。リコは慌ててその背中を追い掛ける。

 

 

 

 『ナチっ!! ねぇ、ナチってば・・・。』

 

 

 

呼び掛けても全く振り返らない早足のナチの肩を、リコが後ろから掴んで引き

止めると、やっとの事で振り返ったナチの頬には涙が伝っていた。

 

  

 

 『・・・・・・・・・・・・・・ナチ?』

 

 

 

すると、ナチはその場にしゃがみ込んで声を上げて泣きだした。

子供のように体を小さく丸めて両手で顔を覆い、溢れだす泣き声を我慢もせずに。


そこでやっと、リコが気付いた。

 

  

 

 『ナチぃ・・・ 


  ・・・もしかして、好きなの? リュータさんのこと・・・。』

 

 

 

リコのその一言に、一瞬ナチの泣き声が止まる。

そしてその後は、更に小さく縮こまり必死に声を殺してしくしくと泣き始めた。 

 

  

 

 

 

リコとナチは、リュータの家から少し離れた丘の上にあるお寺の境内にいた。

そこはとても眺めが良くて、リコ達が昔からたまに来る癒しの場所でもあった。

 

 

ナチはまだ泣いていた。


あおいへの抑え切れない嫉妬と、冷たく振り払ってしまったリュータの手。

あの時のリュータの寂しそうな顔が脳裏に焼き付いて離れない。

 

 

『もう嫌われた。』と、そればかりナチは繰り返していた。

泣きじゃくるナチの隣で、リコは何故あの時ナチがあんな行動をとったのか

不思議でならなくて、必死に事の成り行きを整理しようとしていた。

 

 

 

 (リュータさんのアパートまで行って・・・


  窓の下から様子伺ってて・・・

 

 

  ・・・何がナチをあんな風にさせちゃったんだろう・・・。)

 

 

 

すると、

 

 

  

 『・・・ナチっ?!


  やだ!! ナチ・・・違うってばっ!!


  ・・・もぉ~、違うってばぁ、ナチっ!!!』

 

  

 

なにかを思い付いたように突然そう言うと、リコがお腹を抱えてケラケラ笑い

だした。いまだしゃがみ込むナチの肩をバンバン叩き、笑い声の合間合間に

『違う!違う!』とひたすら繰り返して、どこかホっとした様子で。


そんなリコを訳も分からずポカンと口を開けて見ているナチ。

頬はまだ涙で濡れて、拭うことも忘れた髪の毛が張り付いたまま。

  

 

 

 『ちょっと待っててっ!!』

 

 

 

リコはそれだけ言うと、猛ダッシュで境内から走り去ってしまった。


その小さくなってゆくリコの後ろ姿を呆然と見つめたまま、独りその場に取り

残されたナチはまた泣いた。

 

 

 

 『な、なんなのよぉ・・・ 薄情者~~~~ぉ!!』

 

  

 

 

 

リコがいなくなってしまい、15分くらいナチは一人でお寺の境内に佇んでいた。


しゃがみっぱなしの足がだいぶ疲れてきていたが、立ちあがる気力が無い。

小さく丸まったまま指先でスニーカーの爪先を弄ぶ。砂利の粒をひと粒つかむと

意味も無く振りかぶって遠くへ投げた。

 

 

すると、何処からともなく一匹の猫がナチの足元へ擦り寄ってきた。


それは大きな目のキレイな真っ白い猫で、可愛い赤色の首輪をしている。飼い猫

ということらしい。

 

 

その時、

 

 

 

 『あおい~~!! あ~ぁおい~~~~ぃ!!』

 

  

 

  (あの声・・・・・・・・・・・・・・。)

 

 

 

 『ウチのあおいがここら辺に来てないかー?』

 

  

 

リュータがコメカミを指先でポリポリ掻きながら、思い切り頬を緩めて立っていた。 

 

 



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