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■第37話 あおい


 

 

その日、ナチとリカコはいつものファミレスにいた。

 

 

 

 『へぇ~、リュータがリコちゃんをねぇ~・・・。』

 

  

 

リカコが片手で頬杖をついて、さほど興味なさそうな単調な声色で呟く。

指先でスプーンをクルクル廻し、いつまでもカップの中のブラックコーヒーを

かき混ぜながら。

 

 

ナチは、先日リュータがリコをバイクで連れ出した話をしていた。


リコが少し元気を回復したのは勿論嬉しかったが、やはりそれに ”リュータ ”

が関わっている事への動揺を隠しきれず、このモヤモヤした気持ちを誰かに話し

たくてリカコに連絡をしたのだった。


背中を丸めぶつくさ呟き続けるナチのどこか釈然としない様子を横目でチラっと

見てリカコが言った。無意味にかき混ぜ続けているブラックコーヒーのスプーン

をいまだ弄びながら。

  

  

 

 『リュータって、妹いるの知ってたっけ?』

 

 

 

唐突にはじまったリュータの家族構成話にナチは首を傾げつつも、初耳だったそれ

に話の先を促す。どんな些細な情報でもリュータに関することは知りたかった。

 

  

 

 『確か、アンタ達と同い年だよ。


  アイツ、地味にすっごい妹思いの兄バカだからさ。 キモいぐらいに・・・

 

 

  リコちゃんの事も、ただ単に妹みたいに思ってんのよ!

  

  

  ・・・だから気にすんなっ! 大丈夫だってば。』

 

 

 


 (そっかぁ・・・ 妹さんがいるんだ・・・


  ・・・なぁ~んだ。 ただの妹、かぁ・・・。) 

 

 

 

ナチがその言葉に素直に頷きかけ、

 

 

 

 『 ”大丈夫 ”ってなんですかっ?! 大丈夫って・・・


  べべべべ別に、私は・・・・・・・・・・・・・。』

 

  

 『はいはいはい。 分かった分かった。』

 

  

 

リカコが可笑しそうにケタケタ笑いながら軽くあしらう。


目の前の真っ赤になって必死に全否定するナチが滑稽で仕方なかった。

わざわざ休日に呼び出して、口を開けば『リュータさんがリュータさんが。』

ばかりのそれが、なにをどうしたら ”別に ”なのか、リカコには可笑しくて

可笑しくてたまらない。

 

 

 

 (素直に口に出せるって、いいな・・・。)

 

 

 

リカコはそっと目を細めて、今も尚ジタバタと足掻いて必死に言い訳を繰り返し

リュータへの恋心を隠そうとしているナチを愛おしそうに見ていた。 

  

  

 

 『そう言えば。


  ”あおい ”の話ってしたことあったっけ?』

  

 

 

『あおいさんて? 誰ですか??』 はじめて聞いた固有名詞に小首を傾げる

ナチに、リカコが少し身を乗り出して続ける。それは、突然やけに真剣な顔で

内緒話のように声をひそめて。

  

  

 

 『リュータ。 一人暮らしじゃないのよ、実は。

 

  ”あおい ”っていう可愛い・・・・・・・・・。』

 

 

 

まだリカコの話半ばで、ナチが目を見開き真っ赤になって急に立ち上がった。


イスの脚はギギギと嫌な音を立て後退り、勢いよくひっくり返ってバタンという

大きな音が店内に響き渡る。

 

 

リカコの目の前で棒立ちするナチの顔は、貧血を起こしたように虚ろで焦点を失

っている。真っ赤に染まった顔が次第に真っ青になってゆく様を目の当たりにし

さすがのリカコも慌てた。

  

  

 

 『・・・。


  なぁ~んちゃって! ”あおい ”っていうのはね・・・

 

 

  待って!! ちょっと、ナチ!! 違うってばっ!!!・・・・・・・。』

 

  

 

ただ単にちょっとからかっただけのつもりだったのだが、ナチが血相変えて店を

飛び出してしまって、リカコは本当のことを言えなくなってしまった。


ガラス窓の向こうにどんどん小さく遠ざかるナチのよろけて走る後ろ姿。

 

  

 

 『あらま。 どーぅしよ・・・

 

 

  ん~。 ・・・まぁ、いっか。


  これが ”起爆剤 ”になるかもしんないし・・・。』

  

  

 

リカコはそうひとりごち、涼しい顔をしてコーヒーをすすった。

 

 

 



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