■第189話 木の葉舞う中で
口元に手の甲を押し当て、声を殺してナチは走った。
泣き声が漏れない分、その反動のように涙は次から次へと溢れ出しツヤツヤの
頬を伝ってゆく。
誰より一番に、内定が出た話は聞きたかった・・・
勤務地の話だって、先に相談してほしかった・・・
何より、自分にだけ黙って隠されたのが悲しかった・・・
声を殺すのも、もう限界だった。感情のままに大声をあげて泣きたかった。
アテもなく走ったものの結局はいつもの公園に駆け込み、崩れるようにベンチ
に座ると両手で顔を覆ってナチは泣いた。地団駄を踏む足の靴裏がシャリシャ
リと砂利を蹴とばす音が鳴る。まるで幼い子供が駄々をこねるように、首を左
右に振って、身体を揺らして、大仰にナチは泣いた。
いつもこうやってナチが泣くと、必ずリュータが探し当てて飛んできてくれて
やれやれといった風にまるで子供をあやすように慰めてくれる。
ナチは心の中で思っていた。
きっと慌てて追って来てくれる・・・
そして笑いながら『別の会社受けてみるから』って・・・
そう言うに決まってる。 絶対に、そう言うに決まってる・・・
すると、『やっぱり、ここか・・・。』
後ろから声がした。いつもの、ちょっとかすれた低い声。
ナチは両手で顔を覆ったまま、何も言い返さない。
しかし隠れた顔は、やっぱり追って来てくれた安心感で少し微笑んでいた。
『中々言い出せなくてゴメン・・・。』
リュータがナチの背後に立ったまま、小さく呟く。
ナチを哀しませることが分かっていた事、怒らせるのを分かっていた事、
リュータ自身散々悩んだ事、他の解決策を必死に考えあぐねた事・・・言葉を
選びながら静かに話した。
それでもナチは黙って俯いていた。
離れたりなんか出来る訳がない。そう思っているのはリュータも同じなはずだ。
ナチは次の ”その言葉 ”をただひたすら顔を隠したまま黙って待っていた。
すると、リュータがナチの肩に優しく手を置いた。
大きな手の平の、やけに高い温度がナチの細い肩に伝わる。
もうすっかり触れることにも触れられることにも慣れた、リュータの大きな手。
『少し・・・ 距離、おこうか・・・。』
その瞬間、強い風が吹き抜けた。
低い轟音と共に公園内の大樹が一斉に揺さぶられ、一気に木の葉が空に舞い上がり
ナチの肩や膝に降って来た。
顔を覆っていた華奢な両手が、力が抜けたようにダラリと身体の横に垂れる。
ゆっくりゆっくり、恐る恐る後ろを振り返る。
その時、ナチの肩に置かれていた大きな手がスっと引いていった。
ナチは視線を上方へと移動し、いまだ佇むリュータの顔を確かめる。
すると、リュータは哀しそうに微笑んでいた。
否、微笑んでいたのではなく泣きそうになるのをぐっと堪えていたのだった。
『・・・冗談でしょ・・・?』
やっとノドの奥から絞り出した一言は、何も言わないリュータのその顔を見て、
そうではないのだと悟った。
冗談なんかではないのだと。
いつもの上機嫌に笑っているリュータではないのだと。
ナチはただ、リュータのその顔を見つめていた・・・




