■第187話 写真
この世界にひとり取り残された俺は、暗い部屋で独りただ息をするだけだった。
それは生きようとする呼吸などではなく、ただ吸って、ただ吐いているという
虚しく無意味な行為だった。
カーテンも開けることはなく、部屋の照明も付けず、壁に背を預けうずくまっ
たまま何時間もその体勢から動かない。
音の無い部屋に耐えられず、ミホが日頃から愛用していたヘッドフォンを思わ
ず掴んでボリュームを上げる。そこからは、どこかの国の頭が痛くなるよな騒
々しい音楽が流れた。頭が割れる程の大音量に、なんだかやけに落ち着いた。
一年後、悩んで悩んでやっと思い切って写真を現像に出してみる事にした。
この世に、たった一枚の写真。
本当に、最初で最後の一枚になってしまった二人の写真。
カメラ屋の店員から袋を受け取ると、店を出て歩き出した。
片手に掴んだ、ミホがあれほど急いで現像したがったこの写真。
あの時、ミホはどんな顔していたんだろう・・・
あの時、俺はどんな顔していたんだろう・・・
ふと道の途中で足が止まり、薄い袋に手を差し込み取り出した。
たった一枚きりのひんやり冷たい光沢紙が指先に触れる。それはあまりに心許な
く薄っぺらい。
心臓が強く打った。
少し震える指先で、それを静かに静かに引っ張り取り出す。
呼吸が苦しくて、眩暈がした。耳元でバクバクと鼓動が打ち付ける音が響く。
やっぱりこんなの捨ててしまおうと思い、ギュっと目をつぶって俯いた。
写真を引き出しかけた手を止める。
怖かった。
ミホの顔を見るのが怖かった。
もう永遠に逢えないミホを確認するのが怖かった。
暫くそこに立ち尽くし、何度も何度も深呼吸する。
そして、ゆっくりと袋から手を出すと潤んだ目で写真を見つめた・・・
『無い・・・ 財布が無い・・・。』 キタジマが血相を変えて財布を捜す。
タカナシとラーメン屋で会計した時にポケットから出したのは覚えている。
それからどうしたんだろう・・・。
財布がない。
財布が。
写真が。
財布に入れてある、ミホとの1枚きりの写真が・・・。
キタジマがリコに財布をアンダースローで放り投げた。
リコがそれをキャッチし、『いつものですよね?』と目で合図する。
大学側からの要請で講師になったキタジマの元へは、学生がチラホラ集まるよう
になっていた。
職員から ”特定の学生とだけ親しくする事 ”に釘を刺され、他の学生も受け入
れるように通達があってから、キタジマの空き教室は前より賑やかになっていた。
リコはそれに少し寂しさも覚えつつも、キタジマの助手兼使いっ走りを相変わら
ず出来る自分のポジションに、本音を言えばやはり喜びを隠せないでいた。
『いつもの、いつもの・・・。』 自動販売機の前に立ち、見本缶をパネル越し
に指先でなぞって探し、缶コーヒーを選ぶ。
キタジマから預かった財布を開け、コイン入れのチャックを開くと丁度小銭が切
れていた。札入れへと指を伸ばし引き出すと、お札と共に一枚の写真が出て来た。
少し擦り切れた、それ。
キタジマと女性が写っていた・・・




