■第185話 最初で最後の
あの時、何故そう思ったのかいまだに分からない・・・
元々、写真が嫌いだった。
撮られるのが理由もなく、とにかく嫌いだった。
物心ついてからは、強制的に撮られるクラスの全体写真など以外は、
自分が写っている写真は無かった。
無理強いされると更に拒否し、相手が二度と写真の話など出来なくな
るくらいに抗った。
俺は高校卒業後、美大に進んだ。ミホは地元の短大に。
進む方向は違っていても相変わらず隣を向けばミホがいた。
俺たちの落書き遊びはいつしかフェイドアウトしていったが、同じ部
屋で互いに別々の事に夢中になってはいても、二人の間に流れるやわ
らかい空気に心は凪いだ。
その頃からミホはやたらとガチャガチャ騒々しい外国の音楽に夢中で、
大きめのヘッドフォンをしては音洩れさせながら大音響で聴き、キャ
ンバスに向かう俺の斜め後方で鼻歌をうたっていた。
その鼻歌を小耳に挟みながら絵筆を握る時間がなにより心地良く幸せ
な時間だった。
互いに24歳になった年、正式にミホはキタジマの姓になった。
それは日々の当たり前の事のように、何も大袈裟にする事もなく大荷
物を抱えて観光地に行く訳でもなく、誰に仰々しく祝われるのでもな
く極々自然に ”これから二人で生きてゆく ”というとてもシンプル
な流れのように思えた。
何も望んではいなかったミホをなんとか説得して連れ出し、頑なに首
を横に振る彼女に無理矢理選ばせた結婚指輪が唯一 ”形 ”に残る二
人の想い出となってしまった。
そんなミホがある日突然、写真を撮りたいと言い出した。
とくに何かの記念日でもなく、写真館で撮りたい訳でもないらしい。
『だって二人の写真が一枚も無いのよ?
・・・17から一緒にいるっていうのに。』
彼女は、呆れている風でしかし可笑しくて仕方ない感じで笑っていた。
写真は大嫌いだったが、いつまでも楽しそうに笑っている彼女を見て
いたら珍しく俺は『一枚くらいなら』という気になった。
あの時も、今までのように写真なんか頑なに断っていたら・・・
写真撮影に応じてはみたものの、俺たちはカメラという物を持っては
いなかった。まずそこから始めなければならない事実に、二人で声を
出して笑い互いに呆れた。
『最初で最後の一枚だもん、”写ルンです ”で充分よっ!』
そう言ってミホは、さっそく自宅近所のコンビニへ使い捨てカメラを
買いに行った。もし本当に最初で最後だったとしたら、ちゃんとした
カメラで撮影するか、または写真館などでの撮影の方がいいのではな
いかと俺は思ったのだが、そこら辺頓着しないミホがミホらしかった。
『何処がいいかなぁ・・・?
最初で最後だからなぁ・・・。』
近所の公園。
休日の昼間という事で子供たちが遊びまわり、はしゃぐ声が響く。
中央にある砂場では、新米な感じ溢れる母親とまだヨチヨチ歩きの子
供の姿。ふと未来のミホを重ね、その隣に佇むぎこちなさ全開の自分
も想像した。
照れくささにだらしなく頬が緩み、慌てて母子から目を逸らした。
木陰のベンチに腰掛け木漏れ日に少しだけ目を細めながら、涼しい風
が心地よくそよぐ中、やけに幸せそうに撮影ポイントを探しまわるミ
ホを俺はぼんやりと眺めていた・・・




