■第184話 2人の距離
放課後。部活にも入っていなかった俺はさっさとカバンに教科書を詰めて
教室を出た。部活へ向かうクラスメイトのやたらテンションの高い笑い声
やいまだ机に腰掛けて愉しそうにおしゃべりし合う姿を横目に、ほんの少
し冷めた感情を抱きながら。
まだ築浅な校舎の、違和感を感じるほど磨かれた廊下を靴箱へ向かって気
怠く歩く。内履きのゴム靴底がキュっと耳障りな音を立てた。
下校する生徒で騒がしい靴箱の前に立ち、自分の名がテプラで貼付された
そこから外履きを取り出そうとした時、なにかが指先に触れた。
靴の中に何かが入っているようだ。
不審に思いしずしずと取り出すと、そこには4つに折りたたまれた小さな
メモ紙があった。
家路へ向かう道すがら、学ランの胸ポケットからメモ紙を取り出した。
アスファルトを踵で擦って歩く音を気怠げに響かせながら、折りたたまれた
それを開く。寸分の狂いなく美しい四つ折りのそれ。
自分でも気付かぬうちに自然に微笑んでいた。突発的な出来事に声を出して
笑うことはあっても、照れくさすぎて思春期に突入してからは ”微笑む ”
なんて殆どしていない。
しかし自分の意思とは無関係に勝手に頬が緩んでゆく。だらしない口元を必
死にきゅっとつぐんでいなすも、すぐさまそれは嬉しそうにほぐれる。
メモ紙を開いて眺めては微笑み、また丁寧に折りたたんでポケットにしまう。
靴箱の前でそれを開き見てから、何度も何度も開いてはしまってを繰り返し
ていた。
”明日はアンパンマンで勝負よっ!”
『アンパンマンなんて、あんまり知らねえよ・・・。』
ひとりごちて俯き、また嬉しそうに目を細め微笑んだ。
それから、毎日毎日落書きをし合うのが俺たちの日課になっていった。
アニメのネタが尽きると、互いにお題を出し合って描き、相変わらずサワタ
ニの絵は酷く、それなのにひるむ事なく自信満々に見せつける彼女が面白く
てならなかった。
そんなサワタニのお陰で、何故か家に帰っても気付けばなんとなくノートに
落書きしていて、そんな自分に気が付き無性に恥ずかしくなって手を止める。
しかし、気付けばまたペンを握ってる・・・
それを繰り返した。
まっさらだったノートは、色んな角度の横顔で埋め尽くされていた。
それは、決して真正面からまっすぐ見られない不器用な俺が描く、ありとあ
らゆる角度の横顔だった。
横顔のサワタニでいっぱいだった。
笑顔のサワタニがいっぱいだった。
『じゃぁ、今度はあたし。 あたしを描いてみて?』
突然、そんなお題を出されて正直狼狽した。
今までのドラえもんとは訳が違う。アニメのキャラクターならいくらでも描
けるけれど、苦手な人物画で、よりによってサワタニを描くなんて。サワタ
ニをじっと見るなんて、サワタニを真っ直ぐ見つめるなんて・・・
必死にお題変更を促しても彼女は頑として聞き入れない。
俺は困り果て不貞腐れた顔を向けながら、卵型の輪郭と肩より少し伸びた真
っ直ぐな黒髪を描いた。
しっかり凝視して事細かに描写するのは照れ臭すぎるから、目・鼻・口は点
と線で省略してザックリ描く。
しかし思いの他、完成してみるとなんだかよく似ていて、完成したそれを目
に二人で顔を見合わせて笑った。
散々笑い転げた後、彼女が学校指定カバンからケータイを取り出しその絵を
写メで撮影した。まだ笑っている彼女は、手が震えて中々ピントが合わない
と文句を言いながら。
そして、ノートからそっと顔を上げ、彼女が眩しそうに微笑んで言った。
『ねぇ、キタジマ君。 アドレス教えて?』
こうして、二人の距離はどんどん縮まっていった。
授業中も、放課後も、休みの日も、いつもいつも隣を向けばサワタニがいた。
いつも、ミホが笑っていた・・・




