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183/227

■第183話 隣席のクラスメイト


 

 

 『よく落書きしてるよね?』

 

 

隣の席のサワタニが机に片肘をついたまま、横目でこっちを見て言った。

左手の指先で器用にクルクルとシャープペンシルを回しながら。

 

 

 

  (左利きなんだな・・・。)

 

 

 

その時そう思ったのを、何故かよく覚えている。

 

 

 

高校2年の春。


新しいクラスに中々馴染めず、元来すぐに他人と打ち解ける事が得意では

ないし、そもそも誰かとつるもうとも思わない俺は授業中も休み時間も、

窓側の席でなんとなくノートの上でペンを動かしてヒマを潰していた。

 

 

あの日話しかけられるまで、正直なところ隣席に誰が座ってるのかさえ気

にしてなかったし、それはサワタニじゃなくても誰でも大差は無かった。

 

 

 

 『いっつも風景だね? 人は描かないの?』

 

 

 

それ以来、俺が落書きしてるとちょくちょくサワタニが話しかけてくるよう

になった。しかしそれは、必要以上にグイグイ近付くことはなく適度な距離

を保って少しだけ身を乗り出し、適切などこか居心地の良いタイミングで。

 

 

 

 『人は描かない。』

  

 

 

今思い返しても、ぶっきら棒すぎたと反省する。


”描かない ”んじゃない。ただ単に、”描けない ”だけなのに。

あれも一種の見栄だったのだろうか。

 

 

するととある授業中に、サワタニが腕を伸ばしてノートをポンと俺の机の

上に放った。突然現れた自分のノートとは別のそれに、一瞬たじろぎ隣を

睨むとサワタニがクイっと顎でそのノートを差して笑っている。


訳が分からぬまま怪訝な顔でそれに目を落とすと、そこにはまるで小学生

が描いたような珍妙なイラストがやけに威風堂々と在った。

 

 

 

 『あたしが描ける、唯一の。』

 

 

 

それはきっと、青色で描かれた丸い生物だからドラえもんなのだろう。


思わずぷっと吹き出した。

このクラスになって初めて声を出して笑った。なんだかツボにハマってし

まって中々笑いがおさまらず、気を抜くと思い出し笑いをして肩を震わせ

た。それを横目で見るサワタニも、教科書で顔を隠し一緒になって声を殺

して肩を震わせる。

 

 

 

 

    本当、酷いドラえもんで忘れたくても忘れられない。


    きっと、死ぬまで。


    ・・・いや、死んでも 一生・・・。

 

 

 

 

俺は背中を丸めてノートに向かい、そこにこっそりドラえもんを描いた。

我ながら何処からどう見ても完璧なドラえもん。黒目の感じも、口角の上

がり具合も、鼻の位置もパーフェクトなそれ。


それをサワタニの机に静かに放った。

突然飛んできたノートにビクっと身体を跳ねて驚き、そして背中を丸めて

何かを描き始めた彼女。チラリと横目で盗み見ると、その横顔は上機嫌に

表情筋が上がっている。

 

 

再び俺の元に戻って来たノートには、のび太が。

多分、のび太のつもりなのだろう。メガネの男児っぽいものがそこに在る。


完璧なジャイアンを描いてノートを渡す。

すると、スネオっぽい吊り目の生物が戻って来る。

 

 

その1時間の授業中には、俺のノートにはドラえもんの面子が勢揃いして

いた。

 

  

授業が終わるチャイムが鳴った途端、二人で声をあげて笑った。


横向きに座り俺の方を向いたサワタニが、愉しそうに両腕で腹を抱え笑う。

まるで鈴の音みたいな耳に心地よい高い声音で、ケラケラといつまでも。

 

 

 

 『ひっでぇ落書き! ヒトのノートだと思って・・・。』

 

 

 

ノートにはその時間に習った事など一文字も残されていなかった。


確か定期テストが近かったはずで、きっとその授業では聞き漏らしては

いけない重要なことを板書していただろうに。

 

  

すると、

 

 

 

 『だって楽しいじゃない?』

 

 

 

彼女が嬉しそうに目を細め、笑って言った。

 

 

それはなんだかとても眩しくて、目がくらむような笑顔だった。

 

 

 



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