■第181話 リュータの棘
『リュータ?』
コースケが、大学構内でポツンとひとり佇むリュータに声を掛けた。
その丸めた背中は何かを考え込んでいるようで、明らかにいつもの元気が
ない。基本的に普段から無駄に元気で、悩みなんかなさそうだというのに。
『なんかあった?』 コースケは丁度目の前にあった自販機にコインを投
入して缶コーヒーを2本買うと、振り返ってその内の1本を掴んだ手をリ
ュータへと伸ばす。
すると、目の前に差し出されたアルミ缶を受け取りぼんやり見つめながら
『ん・・・。』 煮え切らない反応を見せ大きく溜息を付いたリュータ。
そして、ガックリうな垂れてなんだか不貞腐れたように呟いた。
『・・・内定、出た・・・。』
昼休みをとっくに過ぎた構内の学食は人も疎らで、講義がない学生数人が
暇つぶしにお茶をしていたり、あからさまに突っ伏して寝たりしている。
コースケとリュータは4人掛テーブルにつき、持ち込んだ缶コーヒーを握
ったまま向かい合って座った。
『良かったじゃーん? なに凹んでんだよ??』
コースケはテーブルに片肘を付いて斜めに傾げ、浮かない顔のリュータを
覗き込む。『ん~??』 なんだかハッキリしないリュータに小首を傾げ
眉根をひそめて。コースケにはリュータが落ち込む理由がさっぱり分から
ない。内定を貰えなかったならまだしも、内定が出て落ち込むなんて全く
以って意味不明だ。
リュータは気怠そうに腕を突き上げ伸びをすると、戻る反動で一層背中を
丸め頭をボリボリと掻きむしった。本当は痒くなどないのに、行き場のな
い気持ちに勝手に指先が動いているようなそれ。
『アイツに・・・ なんて言おう・・・。』
『んぁ? ナっちゃんに??』 心細く落ちたリュータの一言に、増々コ
ースケは意味が分からなかった。
リュータの内定が決まって、ナチが喜ばない訳などないのに。
すると、暫く俯いて口を閉ざしていたリュータがやっと重い口を開いた。
『勤務地が・・・ 問題なんだよ・・・。』
リュータは自宅アパートの居間のソファーに仰向けに寝そべって、ナチに
なんて説明しようか考えあぐねていた。
アカリがまだ帰宅していないそこは、壁掛け時計の秒針が進む音と無自覚
だけれどひっきりなしに零れるリュータの溜息のそれだけ響いている。
愛猫アオイが寝転がるリュータの腹の上に飛び乗り、丸くなって毛づくろ
いを始めた。
やっとの事で内定を貰った会社は、最初の3年は支社がある各地に点々と
しなければならなかった。
勿論、この自宅アパートから通える距離などではなく、会社が完備してい
る独身寮で生活をする事になる。
ここに戻ってこれるのは3年後。
少なくとも3年間は離れ離れになるということだ。ナチが激怒する姿は容
易に想像できた。真っ赤な顔をして怒って、子供のように声を上げて泣い
て、仕舞には感情のおもむくまま暴れて・・・
それを考え、リュータはなんて説明したらナチに分かってもらえるか思い
悩んでいたのだった。
『ただいま。』 玄関の鍵が開錠された音が小さく響き、帰宅したアカリ
が居間へ入って来た。
突っ掛けたスリッパの足音がやわらかい。機嫌が悪くないという事は今日
はバイトではなかったらしい。
アカリはソファーに寝転がるリュータに一瞬目を向けすぐさま逸らして、
ふとテーブルの上に置かれ開封された内定通知を手に取った。
『あれ?決まったの? 良かったじゃん。』 テーブルの横で立ったまま
指先で掴んだその通知をざっくりと流し読みしたアカリのその言葉にも、
ため息しか出ないリュータ。
『・・・なに? なんか問題でもあんの??』
アカリもさすがに首を傾げる。
すると更に大きな大きなため息をついてうつ伏せに突っ伏し、リュータは
不機嫌そうに低く唸った。
『ねぇ、今日ってバイト?』
結局、考えて考えて何もいい案が出なかった翌日、ナチから電話があった。
バイトは無かったが、なんとなくナチと顔を合わせにくかったリュータ。
『今日は・・・ コースケと、ちょっと。』 思わず嘘をついてしまう。
するとナチは『そっか。じゃぁ、いいや。』 とアッサリ引き下がった。
リュータの胸に、小さな小さな棘が刺さった。




