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180/227

■第180話 ほのかなぬくもり


 

 

乗り込んだ夕方の電車は丁度帰宅時間なこともあり乗客も多く、席は確保出来た

ものの往路のようにゆったりのんびりとはいかなかった。


しかし、それに内心ホっとしていた二人。

 

 

ひと気もなく静かな車内だったら、先程の ”彼女 ”という言葉に対する答えを

確かめてしまいそうになる。自分の中の答えと、相手のそれと。相手にとっての

自分のポジションの、答え合わせをしてしまいそうに・・・。

 

 

知るのが怖くて仕方ないくせに。

聞きたくないけれど、でも本当は聞きたい・・・。

 

 

二人は並んで座っていた。一言も発せずに、目を逸らしたまま。


しかし無言のそれが気にならないくらい、車内は帰路に向かっているであろう乗

客の声で騒がしかった。

  

 

 

 (あの時、話題を変えなかったら


  キタジマさんは、なんて返事してたんだろ・・・。)

 

 

 

いくら気にならないフリをしていたって、やはりそればかりが頭をグルグル巡る

リコ。 ”もしあの時 ” ”もしあの時 ”と過ぎた時間ばかりを思い返す。


そして同じように、決して口にも表情にも出さないがキタジマもずっと先程のそ

れのことを考えていた。

 

 

 

 (あの時、なんでちゃんと肯定できなかったんだろう・・・。)

 

  

 

まるで何もなかったかのように振舞う二人は、騒がしい電車の中で静かに窓の外

を見ていた。互いの胸の内など気付けるはずもなく、ただひたすら平静を装って。


四角い窓の向こうに広がる橙色の夕焼けがキレイだったけれど、ぼんやりと目を

向けているだけで、頭にはその景色も何も入ってなどいなかったのだけれど。

  

 

 

キタジマの上腕の辺りに、リコが寄り掛かり細い肩が触れた。


キタジマが少し傾げそっとリコを覗き込む。 『・・・寝たのか?』

リコは目をつぶっていた。そして、更に重心を寄せキタジマに体を預けた。

 

 

その寝顔に少し微笑んだキタジマは、そっとリコの頭を撫でた。

優しく左右にさする大きな手の平に、リコのツヤツヤの黒髪の小振りな頭の感触。

愛おしさが込み上げ自らの頬をリコの頭に寄せると、互いに体をもたれ掛け合い

寄り添った。


すると、微かにリコが震えているのがキタジマの肩に腕に伝わった。

それは必死に涙を我慢しているような感じで・・・。

 

 

キタジマは哀しげに目を伏せると、寄り添うリコが膝の上に置いているその白い

左手をギュっと握りしめた。


本当は眠ってなどいない、一瞬驚いたリコの手が想いを込めるように更に強く握

り返す。それに応えるかのように、キタジマも指を絡めてしっかりと握った。

 

 

そして、

 

 

 

 

    『・・・ちゃんと、 想ってる・・・。』 

 

 

 

 

小さく小さく、まるで囁くようにキタジマが熱い想いをこぼす。

それは不器用でぶっきら棒で無口なキタジマの、精一杯の言葉だった。

 

 

その瞬間、リコの肩が小刻みに震えた。

なんとか声を押し殺すのがやっとで、その反動で本当は泣きじゃくりたい胸は

痙攣するように跳ねる。


俯いたままキタジマの肩に思わず顔をうずめたリコ。ギュっとつぶったままの

目尻から目頭から、涙が次から次へと溢れ伝う。水中で溺れているように胸が

苦しく歯がゆい痛みを発し、思うように息が出来ない。

 

 

リコはクスンと鼻をすすり、ゆっくり顔を上げキタジマを見つめた。


涙で濡れた頬は赤みが差し、長い下睫毛には透明な雫がゆらゆらと揺れている。

それは嬉しくて幸せで、でもどこか怖くて怯えているような心許ない瞳で。


キタジマが泣いてしまいそうな脆い表情で微笑みながら、大きなその手をリコ

の頬に添える。不器用な手の平には、赤みがさした熱をもった白肌の感触が。

 

 

頬を包んだその手を自分の方にゆっくりと引き寄せ、互いの息を今までで一番

近くに感じた次の瞬間、列車はトンネルに入り車内が暗くなった。

 

 

 

 

    。。。。。

  

  

 

 

数秒後、トンネルを抜け車中がまた一気に明るくなった。

突然の眩しさに乗客は目を細めて、せわしなくしばたかせている。

 

 

リコは、目を伏せ俯いていた。


小さな耳は真っ赤に染まり、膝の上に置いたキタジマにしっかり繋がれたまま

の手は、まるでもう二度と離したくないとでも言っているように強く強く指を

絡めて。潤んだ瞳は、海の底深くに沈んでいるようにぼんやりとたゆたって。

 


  

 

 

   つぐんだその唇は、ほんの一瞬ほのかなぬくもりを感じていた。

  

  

 

 

それは、あたたかくて優しくて少し眩暈がするような感覚だった・・・

 

 

 


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