■第178話 フラッシュバック
2時間ほどのんびりと電車に揺られ、目的地に到着した二人。
キタジマとリコ以外は、誰も下車する人はいなかった。
電車を降りた途端、磯のにおいが漂ってくる。
目の前は一面の海。海水浴シーズンが過ぎた夏の終わりの海はひと気もなく
静まり返って、聴こえてくるのは寂しげな波の音と海猫の鳴き声だけだった。
寂れた無人駅をくぐり抜け車道に出て、海沿いの何もない道を少し歩く。
人の姿どころか車も殆ど通らなくて、なんだかこの景色をふたり占めしてい
るみたいで、折角の穏やかな晩夏の海が勿体ないとすら感じてしまう。
丁度歩く先に見えてきた小さな個人商店で飲み物でも買おうと暖簾を潜った。
『ごめんくださ~い!』とリコが声を張り上げるも、店の人間は店続きの自
宅の方でテレビを観ているようで中々出て来はしない。何度か呼び掛けた末
やっと出て来た店の店主であるふくよかなおばさんは、謝りながらも愛想よ
く笑った。
『これから海かい?
天気崩れそうだから、気をつけるんだよ。』
そう言われ振り返って軒先の隙間から空を見上げるリコ。しかし青空で陽も
差していて、天気が悪くなるなんて思えなかった。
店から向かい側の道路へ渡り、簡易の小さな梯子を伝って下へおりる。
そこはもう砂浜。海だ。
サンダルで歩く砂浜は足をとられ歩きにくくてリコは顔をしかめる。
『裸足の方がいいぞ。』 キタジマがくたびれた突っ掛けを脱いで、それを片
手に持った。ひとつ頷いてリコも片足ずつサンダルのバックルをはずし脱ごう
として、バランスを崩しよろけた。
すると、そのリコの手をすかさずキタジマが掴む。大きくてゴツゴツしたキタ
ジマの手。何度触れてもいつも同じように、リコの胸をギュっとこそばゆくす
るその手。ふと互いに目が合って、そっと微笑み合った。
そこはあまりキレイとは言えない砂浜だったが、ただキタジマと一緒にいられ
るだけでリコには充分すぎるほど満足だった。
波打ち際ギリギリで波をよけて遊ぶうちに、気付けばしっかり濡れてしまった
爪先。意を決して膝下まで水に入ったリコ。夏の終わりの海は、少し水温も低
くなっていたがそれが丁度気持ち良かった。
足先で砂の中を掘ると小さな貝殻が出て来て、リコは子供のようにはしゃいだ。
それを砂浜に腰をおろして見つめるキタジマ。
目を細め微笑んで、陽に照らされ輝くその姿をただじっと見つめている。
胸に込み上げるあたたかいものに、そっと目をつぶると懐かしい風景がフラッ
シュバックした・・・
波打ち際で遊ぶうち、砂にめり込んでいたガラス片で指を切った彼女。
しかめっ面で指先を押さえ、砂浜に座るキタジマの元へ駆け寄る。
眉根をひそめたまま無言で赤く染まる人差し指をキタジマに差し出して来る。
そっとハンカチを取り出しその指をおさえてあげると、彼女は嬉しそうにニコ
っと微笑んで言った。
『シュン、優しいね・・・。』
そんな昔の事を思い出し、ゆっくり目を開けるとリコが真っ直ぐキタジマを見
つめていた。
『寝ちゃったのかと思った・・・。』 そう言って、ホっとした顔を向ける。
そして、少し怒ったようにキタジマに呟くリコ。
『ガラス・・・ ちょっと切っちゃった・・・。』 リコの人差し指が小さく
血で滲んでいる。
キタジマは何も言えずに、呼吸を止めてただその赤く染まる指を見つめた・・・




