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■第175話 ペース


 

 

 『いらっしゃいマセ・・・ 店内でお召し上がりデスか・・・。』

  

 

アカリがブツブツと不貞腐れたように不明瞭に呟く。

 

 

それを横に立ち見ているヒナタ。


以前よりは棒読み感はなくなり、若干良くなった気がしないでもない。

多少の抑揚は出てきた。しかし、照れくささが出てしまうのか俯き加減

でまだ全く笑顔が無い。

 

 

どうしたもんかと胸の前で腕を組み首を傾げるヒナタを、アカリは横目

でジロリと睨みながら今日も相変わらずイライラしていた。

 

 

ヒナタといると完全にペースを崩す。

アカリはいつも誰とでも自分のペースに巻き込んで、自分のホームで好き

勝手に暴れるタイプだった。


しかし、ヒナタはアカリの攻撃も追撃も嫌味のない笑顔でサラリと交わす。

否。それはむしろ交わすというよりはきちんとアカリの感情は受け止め、

しかし停滞させずに巧く流すことが出来るのだ。しかもアカリの人一倍繊

細な自尊心を傷つける事なく、陽だまりの様なやわらかい笑顔で・・・

 

 

それが、増々アカリは気に入らなかった。

なんとかヒナタの欠点を見つけ出してやろうと、血眼になっていた。

 

 

 

とある休憩時間。


アカリはバックヤードの壁にもたれて、一人でドリンクを飲んでいた。

休憩室もきちんと用意されてはいるが、他のバイト仲間とつるむ気など更

々ないし別段しゃべる事も無い。一人でいる方がずっと気楽だった。

 

 

すると、少し開いた休憩室のドアの奥から複数人の笑い声が流れて来た。


そちらへ目を向けふと見ると、ドアの隙間からヒナタがバイト仲間と楽し

そうにしゃべって笑っている。それはいつものあの屈託のない笑顔、人懐

こい話し方、耳触りのよいアルトの声。


アカリに話しかける時と同じそれで・・・

 

 

 

  (なによ・・・


   誰にでも ”イイ顔 ”してんじゃん・・・。)

 

 

 

アカリは苛ついたように顔を歪め背けると、掴んでいた紙コップをグシャ

と握りつぶしてゴミ箱へ乱暴に投げ入れた。

 

 

  

  

 

 

その日のバイト終わり。


いつも何故かヒナタと駐車場で少し立ち話をしてから帰るのが恒例になっ

ていたが、アカリはさっさとカバンを持つと足早に家路へ向けて歩き出し

ていた。

 

 

その直後、背後で裏口が開きヒナタの『お先に失礼しま~す!』と元気よ

く挨拶する声が微かに聞こえた。


しかし、アカリはカツカツと硬くヒールの音を響かせ早足で歩く。

ヒナタの顔を見ると腹が立って仕方がない。あの笑っている顔も、声も、

仕草も全てアカリの感情を逆なでし、いとも簡単に平常心を奪ってゆく。

 

 

気が付くと、アカリは走り出していた。


大きく腕を振り長い髪の毛を振り乱し、とにかく1歩でも遠くへヒナタか

ら遠くへ離れたかった。しかめっ面で眉根をひそめ、アカリは全速力で逃

げるように走る。

 

 

息が苦しい。

心臓が破裂しそうにバクバクと早鐘を打つ。

全速力で走ったのなんか数年ぶりで、脚はもつれミュールの踵は靴擦れし

たのだろう、ピリピリと痛みを発していた。

 

 

すると、後ろから突然腕をぐっと掴まれた・・・

 

 

アカリが息を呑み驚き振り返ると、ゼェゼェと息を切らしたヒナタがアカ

リの細い二の腕を掴んでいる。


『な~んで反省会しないんですかー?』 と苦しそうに顔を歪めながら。

 

 

そして、

 

 

 

 『言っときますけど、


  僕、陸上やってたんで足速いですよー。』

 

 

 

といつもの屈託のない笑顔で笑って。

 

 

アカリは目を見張ってそんなヒナタを見つめる。


しかしその刹那、鋭く目を眇めて頬を引き攣らせ、ヒナタに掴まれたまま

の腕を乱暴に振り解いた。

 

 

 

 『なんなのよ、アンタ・・・。』

 

 

 

低く唸るようにアカリは吐き捨てる。

何故か憎らしくなっていた。無性にヒナタのこの笑顔に腹が立つ。

 

 

 

  (誰にだって優しいくせに・・・


   誰にだって、そうやって笑うくせに・・・。)

 

 

 

 

 『私に構わないでよっ! なんなのよっ!!』 

 

 

 

アカリは道の真ん中で、顔を真っ赤に染めて怒鳴った。


車のヘッドライトが全身で怒りを露わにするアカリと、呆然と立ち尽く

すヒナタ二人を照らしては通り過ぎてゆく。街灯の灯りにぼんやりと伸

びた影も気まずい居心地悪いその空気を感じているように霞んで滲む。

 

 

 

 

   怒鳴ってしまった・・・

 

 

 

 

これでヒナタは背中を向けて帰ってゆくはずだった。


他の人のように、アカリの傍若無人さに呆れ付き合いきれなくて離れて

ゆくと。これでいいんだとアカリは俯いたままミュールの爪先を見つめ

ていた。自分の喉から出た怒鳴り声がなんだか頭の中でいつまでもリフ

レインする。それは ”怒り ”よりも ”怯え ”が強い、震えたそれで。

 

 

しかし、ヒナタは小首を傾げニコニコ笑って言った。

 

 

 

 『そんなの、


  アカリさんと仲良くなりたいからに決まってるじゃないですかー。』

  

 

 

その一言は、アカリの頭の先から足の先まで稲妻のように一気に貫いた。

呼吸も出来ない。一切の思考能力をなくして、微動だに出来ない。

 

 

アカリはただただヒナタを見ていた。

瞬きもせず、ただ呆然と。

 

 

周りの空気や音、全てが一瞬止まったように思えた・・・

 

 

 



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