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■第169話 卑怯な理由


 

 

  ◆少し時間ありませんか?

 

 

リコが思いつめた顔でメールの送信ボタンに指先で触れた。


ここ数日ずっと思い悩んでいた ”その件 ”をハッキリさせたくて、何がどう

なって ”あんな事を言ったのか ”知りたくて、悶々としていたのだ。

 

 

メールが送信された事を表すメロディが響いた数分後、リコのケータイにメー

ル着信の証が小さく音を立て震えた。

 

 

 

  ◆From:コーチャン先生


  ◆Title:Re:こんばんは


  ◆分かったよ。


   ちゃんと話そう。

 

  

 

リコはコースケが知っている ”キタジマの事 ”を訊こうと思っていた。

マリやケイタがキタジマと知り合いだった事。


そして、コースケがキタジマに ”卑怯 ”と言ったその真意を・・・

   

 

 

子供達が帰った後の夕暮れ時の園のグラウンドは、なんだか死んだように静か

で逆に落ち着かないくらいだった。鉄棒や滑り台の影だけが寂しげに暗く長く

伸びていて、地べたから這い出す真っ黒いオバケみたいで。

 

 

訪れるたび、あんなに心が軽やかに躍ったこの保育園。

カラフルな色合いもにおいも温度も、全部全部大好きだったここ。


今は、胸に渦巻く言葉にならない不快感で心は落ち着きをなくしていた。

 

 

静かに裏口を2回ノックすると、すぐにコースケが迎え出てリコに向かって少

しだけ優しく情けなく微笑んだ。


『お邪魔します・・・。』 リコは素っ気なくスっと目を逸らすと、抑揚なく

小さく挨拶をする。

 

 

二人は園の遊戯室わきに設置してあるテーブルについた。

リコは一つのイスを勧められペコリと形ばかりの礼をして黙って座る。コース

ケは居場所無げに落ちつかなそうに、リコの向かい側に座った。

 

 

二人の間に居心地の悪い沈黙の時間が1秒ずつ流れる。

 

 

リコは真っ直ぐ睨むようにコースケを見つめ続けた。

言いたい事、言おうと思っている事はただ一つだった。


その射るような鋭い視線に、コースケが困ったように情けなく俯く。

 

 

するとその ”いつも通り ”のコースケのそれに、嫌気がさしたようにリコは

腹を決め本題を切り出した。

  

 

 

 『マリさん達、キタジマさんと知合いだったんですよね・・・?』

 

 

 

『・・・そうだね。』 遂に始まったそれに、一拍遅れてコースケは俯いたま

まリコに小さく返す。

 

 

リコはどうしても納得がいかなかった。


コースケもマリも、知合いなら知合いだと何故なにも言ってくれなかったのだ

ろう。何故、隠す必要があったんだろう。

 

 

しかもマリには、あんな風にキタジマの事を浮かれながら話してしまった。

なにも気付かずに高揚するリコを影で笑ってでもいたのだろうか。

知ってて知らん振りしてたなんて、悪趣味だとしか思えなかった。

  

 

そして、一番気になって仕方がないコースケがキタジマへ言ったあの暴言。

 

 

 

 『キタジマさんが ”卑怯 ”ってどうゆう意味なんですか?』

 

 

 

その声色は感情を必死に抑えているのがよく分かる低い、それ。


しかし抑えれば抑えるほど逆に表情にはありありと ”負 ”のそれは出てし

まっている事に気付く余裕がないリコは、目を眇め眉根を寄せて唇を噛み、

心の底から怒っている様子で。

 

 

こんなに感情を剥き出しにするリコを見るのは初めてだった。


いつもいつも優しくやわらかく笑っていた太陽のように眩しかったリコは、

今、自分に対してこんなにも憤激し憎しみすら抱いているような目で睨ん

でいる。

 

 

コースケは思わず哀しげに小さく笑ってしまった。

肩と肩の間に頭がめり込んだのではないかと思う程に情けなく背中を丸めて。

 

 

一瞬聴こえたその場違い極まりない笑い声に、リコが更に不快感を露わにし

怪訝な顔を向ける。

  

 

 

すると、

 

 

 

 『・・・そんなにアイツが好きなの・・・?』

 

 

 

ゆっくりと顔を上げ、寂しそうにリコを真っ直ぐ見つめたコースケ。

その目はあまりに哀しく、迷子の仔犬のような訴えるそれ。

 

 

リコはその視線に刺され、出逢った当時のコースケのことを思い出す。困った

ような泣いてしまいそうな顔で優しく笑うコースケ。誰より大好きだったコー

スケ。しかし、今はそのコースケに怒りを抱き憎らしいとさえ思っている。


頭の中を巡る愛おしい記憶に負けそうになりつつも、睨み返して言った。

 

 

 

 『・・・コーチャン先生には、関係ない・・・。』

 

  

 

その冷たく突き放すような一言を聞いて、コースケは震えるように小さく溜息

をついた。もうリコにはあの頃のような想いはひとかけらも残っていないのだ

と痛感する。もっと早く向き合えていれば。もっと早く気持ちを伝えていれば。


もっと、ちゃんと。もっと、真っ直ぐ・・・

 

 

後悔という名の鎖にがんじがらめになり自分自身を心の底から蔑むと、また首

が折れたようにうな垂れる。


そして、時間を掛けて小さく小さく泣いているみたいに震える声を零した。 

 

 

 

 『俺が・・・


  アイツを ”卑怯 ”だと言ったのは・・・

 

 

  ・・・リコちゃんが、

 

 

  リコちゃんのことが、ホントに心配・・・』

 

 

 

『やめてっ!!!』 リコが頭を深く垂れ両手で抱え込んで叫んだ。


ぎゅっと目を瞑り頭を左右に振って、そんな言葉を聞きたいのではないと

猛烈に抗議するようにコースケをピシャリと遮って。

 

 

 

 『そんな風に・・・


  思わせぶりな態度とるの、もう、やめてよ・・・

 

 

  優しいフリなんかしないで・・・


  気まぐれに優しくされる身にもなってよ・・・

 

 

  ・・・私は、


  私は、たくさん傷付いたっ!!』

 

 

 

 

  

  (あの夜のキス・・・。)

 

 

 

コースケはリコのその反応で、それだと直感で分かった。

 

 

 



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