■第168話 パニック
『イラッシャイマセー 店内 デ オ召シ上ガリ デスカー・・・』
相変わらず懲りもせず、アカリはダラダラとバイトをしていた。
しばしば客から ”愛想がない ”やら ”態度が悪い ”などと文句を言われる
事もあったが、元来他人に愛想を振りまくなんて死んでも嫌なアカリは、誰に
何を言われようが何処吹く風と全く気にしていなかった。
それを横で見ている指導係ヒナタ。
ある意味一本芯が通ったブレない姿に、仕舞いには感心するほどだった。
『アカリさん、どうしてもっとニコっとしないんですか~ぁ?
きっとニコニコしてたら、すご~い可愛いですよ~・・・。』
バイト終わりの、駐車場でのヒナタとの反省会。
制服から着替え店の裏口から出て来た二人は、さっさと帰ってもいいものを
またしても喧々諤々言い合いながら、何故かその場での立ち話を止めない。
『だってモテまくったら困んじゃん。』 冗談だかそうじゃないんだか分か
らないアカリの返答。その顔は苛つき目を眇めて生意気にツンと顎を上げ、
今日も履いているミュールの尖ったヒールの先端で、アスファルトを不機嫌
に蹴り付けカツカツと連続音を響かせている。
ヒナタは、アカリとバイト終わりにする ”反省会 ”という名の雑談タイム
を段々愉しみに思うようになっていた。
確かに毎日毎日アカリには反省してもらわないといけない事は多かったのだ
が、もしそれが無くても何かしらの理由をこじつけて立ち話はしたかった。
ヒナタの頭では到底考えられないような事を、アカリはさも当たり前かの様
にサラっと言ってのける。それは、ある意味尊敬するほどで。
すると、あまりにアカリが面白くて目が離せなくて、溢れる興味が止まらな
くなったヒナタは、その夜ついに切り出した。
『アカリさん、今度の日曜ってヒマですか~ぁ?』
反省会の話の流れとは全く関係なく、脈絡なく突然発せられたそれ。
ヒナタは屈託のない笑顔で少し首を傾げ、優しくアカリを見つめて。
アカリは耳に響いたそれに絶句してしまって、一瞬その場で固まる。
しかし次の瞬間、思い切り引き攣った顔をしかめて低く言い返した。
『なんで私のプライベートをアンタに教えなきゃなんないのよ。』
すると予想通りのその冷めた反応に、笑いながらヒナタが言った。
『デートしませんか? 僕と。』
その顔は、つぶらな瞳をキラキラさせて子供のように真っ直ぐで。
簡単に飛び出したように感じる一言だったが、からかっている感じには聞こえ
ない。アカリはポカンとして、ただただヒナタを見ていた。瞬きも忘れた見開
いた目が乾燥してカラカラになってゆく。
あまりに突然で、あまりに唐突で、そしてあまりに呆気らかんとヒナタの口か
ら出たデートの誘い。
(デ、デデデデ、デーーーーーーーーーーート・・・???)
暫し時間が掛かりつつ頭の中が整理出来るにつれ、思いっきりアカリは狼狽し
はじめた。恥ずかしさを隠すように高速で瞬きを繰り返し、シドロモドロな口
は金魚のようにパクパクと開いたり閉じたり。
こんなに真正面から堂々とデートに誘われた事は、今まで一度も無かった。
ルックスは良いから近寄って来る男は少なからずいたが、皆すぐに蜘蛛の子を
散らすように去って行った。
好きになった人もいたけれど、元来の性分が ”素直 ”とは程遠いため結局憎
まれ口を叩き可愛らしいところなど見せる事が出来るはずもなく、しかしそれ
はこんなアカリを受け止める度量がない相手のせいにして生きてきた。
”このままの私を好きになってくれる人が、いつかは現れるはず ”と・・・
必死に痛烈な売り言葉に買い言葉を探すも、パニックになっていて何も言い返
せない。もどかしくモゴモゴと蠢く唇を、口惜しそうにきゅっと噤んだ。
そして、やっと口を開いたアカリ。
それは弱々しく心許なく震えて落ちる。
『だって・・・
そ、その日は、 バイトだし・・・・・・。』
死にそうに照れくさくて不機嫌に眉根をひそめ俯くアカリを、ヒナタは面白く
て仕方なくて嬉しそうに見つめ笑う。
バイトリーダーのヒナタはシフト管理もしていて、アカリのシフトなどとっく
に把握済みだった。
『僕もアカリさんも、今度の日曜はシフト入ってませんよ~。』
何処をどう見ても、完全完璧にアカリの完敗だった・・・
ぐうの音も出ない程に玉砕した帰り道、またアカリが途中で足を止め振り返る
とヒナタは今夜も笑顔で手を振って見送っていた。
慌てて前を向き、早足で家路へ向かうアカリ。
完全にパニックになっていた。眉間にはくっきりとシワが寄り、口は真一文字
になって、どうしていいか分からないその瞳はかすかに潤んで。
『おぅ!おかえ・・・』 またしてもリュータの言葉に耳も貸さず、チラリと
目線を投げることすらせず、イライラした様子でアカリは真っ直ぐ自室へ入る。
カバンからケータイを取り出すと、大慌てでナチに電話をした。
『ナチ・・・
ちょっ、どうしよう・・・ 助けて・・・。』
はじめて聴くようなアカリの真剣な声色に、ナチは急に怖くなり何があったのか
慌てて身構えた。




