■第165話 コースケの決意
リュータは引越の荷解きが一通り終わると、コースケを連れ出していた。
新居のアパートはコースケの実家にも程近く、自然にリュータの足はいつも
の公園へと向かう。陽が暮れかけて少し薄暗くなった公園には人影もなく、
ひっそりと静まり返っていた。まだ生ぬるい夕暮れの風が木立ちの緑を優し
く揺らしてかすかに音を立てる。
リュータはどう切り出したらいいのか、必死に言葉を選ぶも中々口に出せず
沈黙が続いていた。
すると、その無言の流れを断ち口火を切ったのはコースケだった。
『リコちゃん、今日来なかったな・・・。』
『そうだな。』 リュータは驚いて一瞬言葉に詰まるも、一言ポツリと返す。
コースケは公園のベンチに腰掛けると、背中を丸め俯きながら尚も続けた。
『きっと・・・
キタジマって人と一緒にいるんだろうなぁ・・・。』
そう呟くと、可笑しくもないのに小さく笑う。
目尻を下げ頬を緩めて、ぐんと両腕を空に突き上げ伸びをして。
それはあまりに情けなく哀しい響きで、夏の夕暮れの湿った風に呆気なく連れ
去られる。
リュータの心臓が一気に痛みを帯びた。
コースケの、本音を隠して笑う顔などもう見たくなかった。
リュータは目を眇めきゅっと口の端を結ぶと、ゴクリと息を呑み腹を決めて
コースケを睨むように真っ直ぐ見つめた。
そして少し震えそうになる喉に力を入れ、低く一つずつ言葉にする。
『リコ、 ”キタジマが好きだ ”ってナチに言ったらしいよ・・・
この間まで、向こうの田舎に行ってたらしい・・・
今日も、帰って来るキタジマを迎えに行ったから
こっちには来れなかったって・・・。』
それを耳にコースケがダランと頭を垂れ、泣きだしそうに表情を翳らせる。
きっとキタジマと一緒にいるのだろうとは思っていた。しかし一緒に帰郷
しているとまでは想像していなかったコースケは、二人の距離がどんどん
縮まっている事にやはり動揺を隠しきれない。嫉妬と焦りと不安と怒り。
色んな感情がごちゃ混ぜになり、今自分がどんな顔をしているのかさえ分
からなかった。ただただ血の気が引いていくような感覚だけ鮮明で。
しかし次の瞬間、『・・・そっか。』と震える声で情けなく微笑んだコー
スケ。笑ったのか溜息を零したのか区別がつかないような、それ。
リュータはそんなコースケの態度があまりに遣り切れなくて、咄嗟に鋭く
睨みつけ怒鳴ってしまった。
『なんで真っ直ぐぶつかんねーんだよっ!!』
もどかしくて仕方なくて、怒りが混ざった刺々しい口調になってしまう。
コースケを責めるつもりなど毛頭ないのに、切なさと悔しさが怒りとなり
表れてしまった。
リュータは地団駄を踏む。
苛立つ心と連動して、じっとしていられない身体が落ち着きなく動き回る。
少し汚れたスニーカーの踵は、蹴散らすように前後に砂利を踏み飛ばす為
シャリシャリとしたその音だけ滑稽なほどに静まり返った公園に響いた。
『ぉ、お前がモタモタしてっから・・・
それじゃなかったら、リコは、ずっと・・・ お前のこと・・・。』
『ムカついてしょうがねぇよ、俺だって。』 コースケの表情が一変して、
今までとは全く違う声色が落ちた。
目をすがめて、唇を噛み締め、頬は引き攣っている。
自分の気持ちから目を逸らしてばかりで、リコに真摯に向き合えなかった
ことに対しても心の底から嫌気がさしていた。しかしそれより何よりやは
り ”あの件 ”に対してコースケは猛烈に腹が立っていたのだ。
リュータは今までコースケのこんな憤激する顔を見たことが無かったため
思い切りたじろいでしまって、言葉を失い目を見張って見つめる。
すると、唸るようにコースケは続けた。
『マリと知り合いなんだ・・・アイツ。
数年前に、奥さんを・・・ 亡くしてるらしい・・・。』
そのコースケの言葉に、リュータがある事を思い出した。
あれは、リコと一緒にキタジマの財布を探した雨の夜。リュータが見つけた
その財布には一枚の女性の写真があった。何故かリュータはその女性に嫌な
予感がしていたのだった。
それは、どことなくリコに似ていたから・・・
『最近、傍にいる子がその奥さんに似てる、って・・・
マリに言ってたらしい・・・。』
リュータが俯き、苦虫を噛み潰したような苦渋の表情をつくる。嫌な予感が
的中してしまったのだ。思い切り奥歯を食いしばると顎がギリギリと音を立
てる。やり場のない怒りに、握り締めた拳をベンチの座面に打ち付けた。
『なんだよ、それ・・・
ふざ・・けんな、よ・・・
奥さんの代わりか・・・?
なに、その都合のいい扱い・・・
・・・ジョーダンじゃねぇっつうの。
リコは・・・?
まさか、リコはそれを知っ・・・』
『知らせちゃダメだ、絶対。』 リュータの言葉を遮ってコースケが低く
強い口調で言う。
『そんな事知ったら、どれだけ傷付くか・・・
絶対、知らせちゃダメだ。
またあの子を泣かせてしまう前に・・・。』
コースケの目に強い光が滲んだ。 『俺が・・・ 守る。』




