■第164話 リュータの決心
引越作業をしながらみんなでワイワイ楽しく騒いではいても、やはりそこに
リコの姿がない事に誰しも口には出さないけれど、モヤモヤしたものを胸に
秘めていた。
コースケをチラっと盗み見たリュータは、その至っていつも通りの笑顔の
横顔に小さく溜息を落とし、こっそりナチに耳打ちをする。
『少し遅れてでもリコは来れないのか?』
するとナチはきゅっと口をつぐみ少し考え込んで、みんなが作業する居間か
ら誰もいない寝室へとリュータのTシャツの裾を引っ張っていざなう。
そしてベットにちょこんと腰掛けると、言おうか言うまいか悩みながら口を
開いた。
『リコね・・・
この間まで、キタジマさんの田舎に行ってたんだって・・・。』
『えっ?! それって・・・。』 リュータが驚いて目を見開き固まる。
普通、ただの先輩後輩の仲で自分の故郷になど連れて行くだろうか。
これが数人で押し掛けるとかならまだ分からなくもないが、きっとリコ一人
で行ったのではないかと推測すると、二人の関係はそこまで進展していると
いうことか。
ナチはうな垂れ、小さな声で続ける。
『この間、リコに久々会ったの・・・
リコね、ハッキリ私に言ったよ。
”キタジマさんが好きだ ”って・・・
だから、私・・・ リコを応援するって決めたの。
・・・だってリコ、凄く幸せそうだったんだもん・・・。』
そう口では言いつつも、ナチの顔は明らかに浮かない表情だった。
リュータはそんなナチの頭をガシガシと少し乱暴に撫でると、少し悲しげな
表情で笑う。 『そっか・・・。』
ナチは頭の上に置かれたリュータの手をそっと握り返す。
『今日もね
ほんとは、手伝いに来てくれるはずだったんだけど、
キタジマさんが帰って来るから、それを迎えに行ってるの・・・
・・・なんか、ちょっと・・・ 寂しいけど・・・。』
ナチが俯いて呟く。
ナチはナチなりに、精一杯リコを応援しようと無理をして頑張っていた。
しかし、キタジマにリコを取られてしまうような妙な感覚に、ナチは戸惑い
を隠しきれない。心の奥底では、やはりリコはコースケと結ばれてほしくて
そればかり願ってしまって、本心ではキタジマなど受け入れたくないのだ。
『コースケさんは・・・
・・・この事知ったら、どう思うかな・・・?』
ナチがポツリ呟いた。
コースケが少なからずリコの事を気にしている事を知っているナチには、
このすれ違いが歯がゆくて歯がゆくて仕方がない。リコが誰より想ってい
るのは間違いなくコースケだったはずなのだ。それなのに、ほんの少しの
運命の悪戯が、二人を分かつ見えない壁を造り上げてしまった。
リュータは脱力したように床にしゃがみ込み胡坐をかくと、頭を掻き毟る。
眉尻を下げた情けない顔で小さく笑いながら、心許なく呟いた。
『あいつなら、きっと・・・
笑って ”良かったね ”とか言うんだろな・・・
・・・また、自分を抑えて。 我慢して・・・。』
リュータとナチはそれ以上なにも言えなくなってしまった。
二人の胸はやり切れない思いでチリチリと痛みを発していた。
みんなが作業する居間に戻ると、コースケはまるで何も無かったかのように
ヘラヘラと笑っている。
リコがここ最近みんなでの集まりに来ていない事も、今日引越の手伝いに来
ていない事も、最近まったく連絡すら出来ていない事も、一番気にしている
のはコースケなはずなのに。
リュータは正直なところ、コースケを見ているのが辛かった。
いっその事、不機嫌になったり泣き言いったり落ち込んでくれたらいいのに。
しかし、最近のコースケは顔色ひとつ変えない。
ただニコニコと情けない笑顔を上手に作り、人当たりよく見せてその実本心
を決して晒そうとしない。それは、兄ケイタとその恋人マリの間で思い悩ん
でいた頃のコースケと同じだった。
またあの頃と同じコースケに戻りつつあるのだ。
『このままじゃダメだ・・・。』
リュータがひとつ決心をした。
しかし、その顔は泣き出してしまいそうな不安気なものだった。




