■第16話 楽しい時間
ファミレスで時間を忘れて盛り上がっていた、5人。
笑い声が交ざり合う中、リコのカバンの奥にあるケータイがけたたましく
鳴った。
『あっ!! お母さんからだ・・・
・・・ってゆーか、もうこんな時間?!』
慌ててカバンから取り出し見つめた画面には ”自宅 ”との着信表示がある。
母ハルコからいまだ帰宅しないリコへ心配する電話が入ったのだ。
普段そういう所はキッチリしているはずのリコが、遅くなるという連絡を
するのすら忘れるくらい楽しい時間だったという証拠だろう。
コースケはきちんと気遣ってあげられなかった事を申し訳なさそうな面持ち
でケータイの向こうの母親に謝っているリコを見つめる。
リコのそれを目の当たりにして、ナチも慌てて家へ電話を入れた。
ナチのケータイにも自宅から何度か連絡があったのだが、それにも気付かず
にいたようだった。一人っ子のナチは、多少過保護な両親がファミレスまで
迎えに来ることになった。
リコの母ハルコは自動車の運転免許がない為、もうバスの終電も逃した今は
家まで暗い坂道をひたすら歩いて帰らなければならない。母からは電話で
こんな時間だからタクシーにでも乗って帰って来なさいと言われていた。
すると、リカコが言った。
『リュータ、おんなじ方向なんじゃない?
リコちゃん送ってあげればいいじゃん。』
クイっと顎を上げて、それは提案というよりは命令のような口調で。
それを聞いてコースケが『いや、俺が・・・。』と言いかけた。
一応、初対面のリュータに任せるのは申し訳ないと気を遣ったのだろう。
しかし、リュータはグラスの中のもう氷が溶けて薄まるだけ薄まったアイス
コーヒーをストローで豪快にズズズと吸いながら、手をひらひら振って遮る。
『コースケはすぐそこだろ、家。
おっけー、おっけー。 俺が、送る送る。』
その遣り取りにリカコとナチが、一瞬目を合わせる。
ナチはなにか言いたげな視線だったが、リカコは目を眇めてその刹那視線を
逸らしてしまった。
ナチの親が迎えに来るのを待ってそれを見届けた後、リカコは軽く手を
上げてすぐ近所の自宅へ素っ気ない程にアッサリ背を向け帰って行った。
コースケ・リュータ・リコは、いつもの商店街を通って公園の方向へと
3人で歩いていた。バス停がある公園の斜め向かいが、ひまわり保育園。
コースケの自宅だ。
リコは今日一日の楽しかった時間を思い返していた。
たった一日の間に起こったこととは思えない程、楽しいこと・嬉しいこと
が多すぎて脳内の処理機能が追い付かないのではと心配してしまう。
(またこうやって、みんなで会えたらいいのにな・・・。)
臆病なリコには決して口に出して言うことが出来ないそれを、心の中で
繰り返していた。なにか理由や口実がなければ ”また逢いたい ”なんて
言えるリコではない。歯がゆさに相まって寂しさまで顔を出していた。
すると、『じゃ、また! リュータ、リコちゃん頼むな。』 そう言って
手を振ると、コースケは道路を横切り保育園の裏手へ入って行った。
( 今・・・
”また ”って、 言った・・・?)
リコは応える様に遠慮がちに小さく小さく手を振りながら、コースケが
言ってくれた ”また”という一言に思わず動けなくなった。
少し潤んだ瞳で、痩せたその後ろ姿をずっと見つめ続ける。
コースケの姿が見えなくなってもまだ、その場から動かず、ずっと。
どのくらい見つめていたのだろう。
『ぅおいっ!!』 リュータがリコのお尻を膝で軽くキックした。
リュータの存在などすっかり忘れるくらい、瞬きも忘れてコースケを目で
追っていたリコ。暗闇でだって分かりそうなその染まった頬をチラリと
横目で見て小さく溜息をついたリュータは、『ほら、帰んぞぉ~』とリコ
を促した。
リュータもコースケと同じように人見知りしない親しみやすいタイプで、
二人でいても全く気を使わせない相手だった。明るいし、話も面白いし、
まるで今日初めて会った人だなんて思えないくらいだ。リコはリュータが
大好きになっていた。
暗い夜の坂道をいろんな話をしながらのんびり歩く。
等間隔で並ぶ街灯だけがぼんやり明るい。住宅街の家々のカーテンから
漏れる明かりも細くて静かなものだ。
話をしてみて、実は意外に二人の自宅が近いことが判明した。
リュータは高校から実家を離れ、今は一人暮らしをしていること。
そしてコースケ・リカコとの、いろんなエピソード。
二人の靴底がアスファルトに擦れる音と愉しそうな笑い声だけが、星が瞬く
キレイな夜空に真っ直ぐ吸い込まれていった。




