■第158話 星空の電話
『今夜も、すっげぇ星だ・・・。』
リコの左耳に、あの低くて愛想の無いキタジマの声がじんわりと響く。
リコが送った短いメールへの返信は、文字ではなくて胸をぎゅっと締め付ける
愛おしくて仕方がない低音バスのそれだった。
それはまるで耳元で囁かれているように感じ、恥ずかしくてくすぐったくて、
リコはほんのり染まる頬でそっと目を伏せる。
『この間ね・・・
友達と仲直りできたんです。
私の、一番の友達・・・
・・・一っ番だいじな、大切な友達・・・。』
リコはそれを言葉にすると、一気に喉が詰まるような息苦しい感覚に少し震え
て呼吸を繰り返した。
その涙を堪える気配がひんやり冷たいケータイを通し伝わると、キタジマはど
こか安心したように目を細め小さく笑う。
『それが、タカナシが落ち込む原因だったのか・・・。』
互いに1秒でも早く話したかったはずなのに、実際に言葉を交わすと思ったよ
うに言葉が出ない。
言葉と言葉の間に、切なくそして歯痒い ”間 ”が生じていた。
穏やかな沈黙の後、キタジマが小さく微笑んだままやわらかく呼び掛ける。
『・・・なんかあったら言え、っていったろ?』
リコの落ち込む姿に、直接口には出せないけれど本当は心配していたキタジマ。
そんなキタジマの、ぶっきら棒な言い回しが可笑しくて嬉しくて仕方なくて、
リコは笑う。
『だって、キタジマさんの気分次第でしょ~?』
『当ったり前だ。』
軽快な掛け合いをして、二人は同時に声を上げてケラケラと笑う。
そして、
『お金の問題以外で、ね?』
『金の問題以外で、な?』
同時に同じことを言って、大笑いした。
暫し耳元に優しく響く相手の笑い声を聴きながら、その余韻に浸るようにそっと
口をつぐむ。
つい数日前まで一緒にいたというのに、逢いたくて逢いたくて仕方がなかった。
顔を見たくて、声を聴きたくて、手に触れたくて、そしてもう一度抱きしめたい。
互いの唇の温度に触れる時のことを想像し、胸の奥の奥が壊れてしまったみたい
に鳴り狂う。
『・・・バアサンが・・・ 寂しがってる。』
優しい沈黙の後、キタジマが小さく呟いた。
それは言おうか言うまいか悩みに悩んだ末に、やっと出た言葉だった。
言ってしまった後で、ケータイを掴む手とは他方の手の指先で、照れくさそう
にやたら高速でポリポリとコメカミを掻いているキタジマ。
リコはその遠回しな表現が可笑しくて可笑しくて声を殺して笑う。
『おばあちゃん、だけ・・・??』
あまりに可笑しいので笑いを堪えて少しからかってみる。
9歳も年上のキタジマは ”大人だから ”なのか、中々本音を出さない。
しかしそれは ”大人だから ”なんかではなく、只単にキタジマが超ド級の
”照れ屋で不器用だから ”に他ならなかった。
分かり易い誘導尋問に、キタジマは突然貝のように口を閉ざし黙りこくる。
リコが耳を澄まして電話の向こうのキタジマの様子を伺う。
すると、
カチッ・・・
ライターのフリント・ホイールが鈍く回転する音がわずかに聴こえた。
(困ると、す~ぅぐタバコに逃げるんだから・・・。)
リコはまた声を押し殺して笑った。
その時、『リコ~、お風呂入っちゃいなさ~い!!』
階下から母ハルコの呼ぶ声が聴こえた。
『お母さんが呼んでるので、また・・・。』 そう言って少し名残惜しそうに
リコが『おやすみなさい』と言いかけた時、
『あさって帰るから・・・。』
そう一言呟いて電話は切れた。
次の瞬間、通話終了の機械音がリコの耳に流れる。それは、本来ならば無機質
な冷たいそれなはずなのに、今夜は何故か優しい鼓動のように響く。
リコは大きく息をつき、ゆっくり画面をタップして通話を終了した。
『 ”待ってるから ”ぐらい言わせてよ・・・
あんなに、すぐ電話切らなくたって・・・。』
そう呟くリコの顔は、不満の言葉とは裏腹に嬉しさを隠しきれない表情だった。
『あさってかぁ・・・
・・・あと2日もあるじゃん・・・。』
リコが窓辺に立ち、星空を見つめ溜息をつく。
濃紺のそこには、さっきよりも星が瞬いているように思える。
恋しさが募るリコの頬が、ほんのり染まっていた。




