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154/227

■第154話 別れ


 

 

駅までの田舎道は、今日も日差しが強くて眩しくて、そして人ひとり通らない

静かな砂利道だった。

 

 

汗ばむ肌とジリジリ焼ける肩に、どんどん気温が上がっている事を感じる。


こんな時、雨でも降れば・・・リコは本気で願っていた。

雨が降れば、どしゃぶりにでもなれば・・・また手を握ってもらえるかもしれ

ないのに、と。

 

 

しかし、そんな気持ちを余所にキタジマは相変わらず無言で歩き続けている。

 

 

 

『いつ頃戻るんですか・・・?』 痺れを切らして問い掛けたリコに、

 

  

『ん・・・ あと、もう少し。』 とキタジマは相変わらず言葉少なで。

 

 

 

 

『メール・・・ してもいいですか?』 再びリコが、振り返りも立ち止まり

もしないぶっきら棒な背中へと問い掛ける。

  

 

すると、『ん。』 キタジマはやはり真っ直ぐ向いたまま小さく答えた。

 

 

 

『電話も・・・ していいですか?』 リコがキタジマに、訴えるような目を

向け呟くも、キタジマはリコの方を向きはしない。


『ん・・・。』 と一応肯定のそれが微かに聞こえただけだった。

 

 

 

リコがいくら願ってたとしても、やはり駅には着いてしまう。


何度も何度も、もっと道が長く続く事を祈った。しかし、無情にも駅は目の前

で憎らしく見上げた空は真っ青のそれ。雨雲ひとつ掛かりはしない。

 

 

改札口の目の前で、リコが麦藁帽子を脱いで無言でキタジマに突き出す。


本来ならば借りていた帽子や滞在中のお礼を言うのが当たり前だと分かっては

いるけれど、どうしても帰りたくなくて不機嫌に俯いたまま、キタジマの顔す

ら見ないリコ。

 

 

ついに地団駄を踏むようにジタバタと足を踏み鳴らし、リコがしかめっ面をし

て切り出した。

 

 

 

 『まだ、帰りたくない・・・


  ・・・家に電話して、もう少しコッチに居・・・』

  

 

 『ダメだ。』

 

 

 

リコが勇気を出して言葉にした痛切な想いを、キタジマがアッサリと遮った。

 

 

 

 『ダメだ。 約束は守らなきゃダメだ。』

 

 

 

キタジマの正しいけれど厳しい言葉に、リコはあからさまに打ちひしがれる。

 

 

分かっている。

そんな事分かっているのだ。


家には ”学校の合宿 ”と嘘を付いて出て来ていた。それを信じて送り出し

てくれた母ハルコの優しい顔だけで充分胸は痛んだ。でも、それでも、キタ

ジマと一緒にいたかった。1秒だって離れたくなかったのだ。

 

 

分かりやす過ぎる程に、がっくりうな垂れるリコ。


涙ぐんで俯いたまま、その瞳は自分のサンダルの爪先だけ見眇めている。

そこからひと言も口を利かなくなったリコを、キタジマは困ったような顔で

見つめ首の後ろをボリボリと掻きむしった。

 

  

キタジマだって、本心はリコを帰したくなどなかった。

駅の改札をくぐらせたくなどない。列車に乗せたくなどない。


リコと共に朝を迎え、日差しが降り注ぐ田舎の風景を並んで色付け、キヨと

三人で賑やかな夕飯の時間を過ごし、寝る直前まで二人で縁側で星空を眺め

たかった。

リコの笑う顔を、真剣な顔を、困った顔を、不貞腐れる顔を、ずっとずっと

隣で見ていたかった。

 

 

しかし、そうしてはいけないと分かっていた・・・

堪え切れずここに呼んだだけで、充分過ちを犯しているのだと。 

 

 

リコは目からこぼれ落ちるくらい涙を溜めたまま、しかめっ面をして顔を上

げない。頬を真っ赤に染めて、口を尖らせて、体の横で垂れたその手はぎゅ

っと握り締めて今にもキタジマにポコポコと殴りかかりそうな、それで。

 

 

キタジマがそんなリコを見て、思わず呆れ果て小さく笑った。 

 

 

 

 『本っ当、ガキだなぁ・・・。』

 

 

 

その言葉とは裏腹に、それは愛おしさが溢れる優しい音で響く。


キタジマが俯いたままのリコと向き合ったまま、サンダルの足を一歩だけ前

へ進めた。ふたりの距離はあと少しで触れ合ってしまいそうに、縮まる。

やわらかく目を細めてリコを見つめ、吐息のようなあたたかい息をついた。

 

 

すると、

 

  

 

 リコの首の後ろにやさしく手を添え、ぐっと自分の胸に抱き寄せた・・・

 

 

 

  

   『電話するよ・・・ 俺も。』

 

  

 

キタジマの低い声。やさしくて、あたたかくて、涙が出る程に沁みる。

それは、リコの心の奥底まで響いた。

 

 

キタジマの胸にぎゅっとしがみ付き、リコが顔をうずめる。


Tシャツから香るタバコの匂いを震える胸で大きく吸い込んだ。

深く深く深呼吸をした拍子に、リコの頬にはついに涙がこぼれキタジマのシャツ

にその切ない跡を残した。

 

 

夏の出来事だった・・・

 

 

 



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