■第153話 祖母の願い
『ねぇ、おばあちゃん・・・
キタジマさんて、どんな子供だったの・・・?』
夜。祖母キヨと二人、布団を並べて敷いて横になりながらリコが訊いた。
小さな和室は畳の良いにおいが漂い、障子の隙間から月明りが細く入り込んで
いる。リコはうつ伏せになって枕の下に手を入れ、顔だけキヨの方を向いた。
『ヤンチャ坊主でねぇ・・・
死んだジイサンによく怒られてたんだよ・・・。』
突然訊かれた問い掛けに、キヨは少し驚きながらもどこか遠くを見て少し微笑み
ぽつりぽつりと話し始める。
久しぶりに懐かしい幼いその姿を思い出すと、一気にあの頃に遡ることが出来た。
『一度遊びに出たら中々戻って来なくてねぇ、
日が暮れて真っ暗になるまで、ドロドロになって遊んでた・・・
それがいつの間にか絵を描きはじめて、そっちに夢中になりだして。
そしたら今度はスケッチブック抱えて、日が暮れるまで帰らなくなってね。』
キヨとリコの笑い声が静かな和室に響く。
ピアノの鍵盤が弾けるような、愉しそうな声音が小さく斉唱してこぼれる。
『毎年遊びに来てたの?』 リコが何気なく訊くと、少しキヨは言葉に詰まった。
『ん~・・・
ここ2~3年は、来てなかったねぇ・・・
だから本当、久しぶりにシュンの笑ってる顔見れて、
ばあちゃん、嬉しくて・・・。』
そう呟いたキヨの顔を、細い月明かりが照らす。
優しく眇めた目の奥はほんのりと潤んで、それでも尚微笑むキヨの目元のシワ
が更に更に深く刻まれる。
その言葉の意味を察し、リコが哀しげな目でキヨを見つめた。
その瞬間、二人の間に小さな沈黙が生じる。
今までの愉しげな笑い声が嘘だったかのように、それは深く暗い闇へと二人を
いざなった。
リコはこんな事を訊いてしまって申し訳なさそうに目を伏せた。キヨに哀しい
思い出を不必要に思い出させてしまった。そんなつもりはなかったのだけれど、
それでもキヨのこんな顔は見たくなかったし、させたくなどなかった。
リコが自己嫌悪に陥り塞ぎ込んでしまった気配に、キヨもまた少し慌てそして
リコをかばうように明るく声を張る。
『昔はよく喋る子だったんだけどね、
大人になるにつれて、あ~んな無愛想になっちゃって・・・
口を開いたかと思ったら ”ん ”と ”タバコ ”と ”コーヒー ”・・・
小さい頃は可愛かったのにねぇ~・・・
・・・でもね、リっちゃん・・・
優しい言葉のひとつも言えないけど、
本当は・・・ 思いやりの、ある、優しい、子 だから・・・。』
そう言い掛けている途中でキヨの声色は少し潤んで揺れる。
そしてキヨは布団から出て起き上がり、リコの手をしわくちゃな小さな両手で
包んだ。
『・・・シュンの、傍にいてあげてくれないかい・・・?』
キヨのシワシワの顔の優しい目に涙が浮かんでいた。
リコがやって来てからのこの数日の、キタジマが嬉しそうに笑っている顔が浮
かび胸が締め付けられるように苦しくなって、キヨはお節介だとは分かってい
つつも、リコに不躾にそんな願いを託してしまう。
その切ないほどあたたかい言葉に、リコも体を起こすとキヨと向き合った。
そして、そっと小さな老いた身体に抱きつきコクリと頷く。
『・・・ぅん。』
キヨの胸の中で、リコは何度も何度も頷いた。
ぎゅっと目を瞑ると目尻から熱いものが流れて顎へと伝う。
キヨはお日様のにおいがして、とっても懐かしい感じがして、あったかくて
優しすぎて切なすぎて、幾筋も幾筋も涙がこぼれた。
帰る日の朝、リコは何度も何度もキヨと抱き合った。
互いに抱きしめ合いながら、この体を離さなければいけないのは分かっているけ
れど中々そう出来ずにいる。
キヨの胸の中で、何度言っても足りないくらいにお礼を言った。
そして『また来るから』という言葉も何度も何度も繰り返し、名残惜しそうに後
ろ髪を引かれながら、涙で滲んだ目を向け合った。
小さな身体で大きく大きく手を振り続けるキヨが、どんどん小さくなる。
リコも何度も何度も脚を止め振り返りながら手を振り返した。
小さな古い家と、小さな手入れされた畑と、小さな小さなキヨ。
そしてこの ”田んぼと山と川しかない ”風景がどんどん遠くなっていった。
駅までの道程。
キタジマと二人で歩く、二人きりの道程。
来た時とひとつ違うのは、キタジマの隣を並んで歩くリコがいた。
やっぱりキタジマはぶっきら棒で、タバコを咥え片手にリコの荷物を持って、
もう片手はポケットに突っ込んでいる。
お互い何も話さず黙って歩き続けていた。
砂利を擦って歩くサンダルの音と、今日も照り付ける太陽のジリジリとした
それと、道端から延々繰り返される夏の虫の音。静かな静かな真昼の田舎道。
このまま無言で駅に送り届けられ、本当に何も言わずにサヨナラするのでは
ないかと、リコの心の中は不安でいっぱいだった。




