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■第147話 田舎


 

 

まだひと気のない早朝の駅のホームに佇むリコ。


両手で持ち手を握ったサーモンピンク色とチョコ配色のボストンバッグは、

少しサイズは大き目だ。中にはスケッチブックなど画材道具と、キタジマ

に逢えるという溢れるほどの気持ちが詰まり、心なしか重く感じる。

 

 

今日。始発の鈍行列車に乗って、キタジマの待つ里見駅へ向かう。

 

 

3時間半の列車の旅。

ゆっくりホームに滑り込んで来た列車はまだ誰も乗車していなくて席など

座り放題だというのに、リコはややせっかちに飛び乗ると窓側の席を一番

乗りで陣取り、動き始めた車窓からの景色をじっと見つめていた。

 

 

しかし、流れる穏やかな風景も一切リコの頭には入っていなかった。


願うのは、キタジマが待っていてくれているであろうその場所へ1秒でも

早く着く事だけだった。

 

 

 

 『逢ったらなんて言おう・・・。』

 

 

 

そう頭をかすめ、無性に恥ずかしくなる。


どんな顔して逢えばいいのか。

キタジマはどんな顔をするのか。

ノコノコとはるばるやって来たはいいが、本当は冗談だったんじゃないか。

 

 

ケータイメールの受信履歴を開いて、昨夜キタジマから送られてきたそれ

を再確認する。するとそこには確かに涙が込み上げる愛おしい2行がある。

しかしあれから新着のメールはない。


昨日の今日でそんなマメに連絡をくれる人間ではないことぐらい分かって

はいるけれど、不安で仕方なくて胸の奥がザワザワとざわついた。

 

 

考えれば考えるほどネガティブな方向にハマりそうになる。

ギュっと目をつぶり頭を左右に振って、嫌な想像を頭から追い出した。

 

 

しかしそんな言いえぬ不安とは裏腹に、リコは何度も何度も左手首に付け

た時計に目を落とす。


こんなに地球の回転は遅かっただろうかと、不満気に眉根をひそめた。

腕時計の電池が切れ掛かっているとか、列車の故障でスローペースで走行

しているとか疑いたくなるほどに、キタジマに逢いたくて逸る気持ちに抗

うようなそのノロノロとしか過ぎてくれない時間。

 

 

やっとのことで時間は経過し、列車のアナウンスで次が里見駅だと知った

リコは急激に打ち付ける胸の鼓動に、落ち着きなく照れくさそうに瞬きを

繰り返す。


その目に映る窓から見える風景は、キタジマが言ってた通り ”田んぼと山

と川しかない田舎 ”だった。

 

 

ゆっくりとスピードを落とし列車はきしむ音を立て停車する。重力で少し

前のめりになり、顔にかかった髪の毛をそっと耳にかけると大きくひとつ

深呼吸をした。

 

 

そして、リコは隣席に置いていたボストンバッグを掴むと、勢いよく立ち

上がり足早に歩き出した。

 

  

  

 

 

キタジマは、昨夜は殆ど眠れなかった。


リコにあんなメールをしてしまった事を、何度も何度も繰り返し考えてい

た。自分は間違いを犯しているのではないか、ただリコを傷つけるだけな

のではないかと、胸に重く渦巻くのは不安だけだった。

 

 

しかし反面、リコがやって来るであろう駅へ向かう足は、自然に早足にな

り仕舞いには豪快に砂利を蹴り上げ駆け出していた。

炎天下の元、運動不足の鈍った体で全速力で走り息を切らして駅に着いた。

 

 

肺が爆発しそうに乱れた息を、大きく胸を上下させ深呼吸して整える。

頭に巻いた日除けの手ぬぐいを一旦はずし、もう一度きつく巻いて縛った。


ハーフパンツのポケットからタバコを取り出し、咥えて火をつける。緊張

してやたらと口が渇いている自分に、キタジマは照れくさそうに失笑した。

 

 

  

小さな小さな無人駅の、改札の役目をまっとうしていないような心細いそれ

の奥に、大きなボストンバッグを握るその姿が見えた。


陽が当たっているだけではないように感じる、その目映いシルエット。

 

 

すぐさま駆け寄りたい気持ちをぐっと堪え、キタジマは駅舎の壁に寄り掛か

り不自然に視線を泳がせながら佇む。


いの一番に不器用で照れ屋な姿を見付けたリコが、照れくさそうに頬を染め

微笑み小さく手を振りながらキタジマの元へ走り寄った。

 

 

互いに嬉しさと照れくささを隠そうと必死になっているのが、中々、言葉を

継げない歯がゆい空気でいとも簡単に伝わる。

 

 

すると、キタジマが片手に持っていた麦藁帽子をリコの頭に乱暴に乗せた。

 

  

 

 『ここは日差しが強いんだ。 日に焼けんぞ・・・。』

 

 

 

それはどう見ても若者向けではない、農家の作業用のようなツバの広い麦藁

帽子だった。リコのために、祖母のそれを持って来たのだろう。

 

 

そしてキタジマはもう片手でリコが抱えるバッグを引き受けると、くるりと

背中を向けて一人で歩き出した。ニコリとも笑わないキタジマが相変わらず

で可笑しくて仕方なくて、必死に笑いを堪えてリコはそのTシャツを追う。

  

 

何も話さずに日差しが強い田舎道を二人は歩いた。

 

 


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