■第133話 コースケのヤキモチ
最近、頻繁にリコの口から出る ”キタジマ ”という名前。
情けないくらいその名前に過剰反応してしまうことに、コースケ自身もう
嫌気がさしていた。
リコはそれについて気が付いていないようで、顔色ひとつ変えず何も気に
せず無邪気にその固有名詞を口にする。
リコの近況をもっと知りたくて、二人で話がしたくて、コースケはなんと
か話題を変えようとする。 『大学はどう? 友達はできた?』
すると、
『一緒に講義受けたりお昼食べたりする友達は出来たけど、
やっぱりナチみたいな常に一緒ってゆう子はいないかなぁ~
それに私、講義以外はキタジマさんのトコにいるから・・・。』
また、”キタジマ ”だ・・・
なんとか他の話題を、と。
『駅前にさ、なんか凄い汚くて古いんだけど
すげぇ旨いラーメン屋があるって聞いたんだ・・・
リコちゃん、どこの事か分かる・・・?』
出来れば一緒に行きたいという意味も込め、少しドキドキしながら口に
したつもりが、
『あっ! そこ、この間行ったの!!
本当に汚くてカウンターとかベトベトしてて・・・
でもね、本当に美味しかったよ!
・・・私、感激しちゃったっ!!』
その時のことを思い返しているのか、リコの顔がパっと明るくなり胸の
前で手と手を合わせて嬉しそうに身を乗り出してくる。
『リコちゃん、行った事あるんだ?!』
『うん!!
この間、キタジマさんに連れてってもらって・・・。』
・・・・・・。
キタジマキタジマキタジマ・・・リコは口を開けばキタジマの事ばかり。
顔に出しちゃいけない。絶対に顔に出しちゃいけない。
いつも通りに。いつものように笑顔で、笑顔で・・・
しかし今までどうやって笑っていたのか思い出せないくらい、上手に笑顔
を作ることが出来ないコースケは、なんとか口角だけ必死に上げてぎこち
ない笑顔を向けた。頬が引き攣って、それはどこをどう見たって無理して
いるのは一目瞭然で。
コースケは自分がこんなに嫉妬深い人間だなんて、今まで気が付かなかっ
た。兄ケイタとマリのことで思い悩んだ時期もあったけれど、二人の間に
割り込むことなど出来ないと最初から頭のどこかで分かっていたし、実際
に割り込もうとも思っていなかったのかもしれない。
しかしリコの事となるとどうにかなってしまいそうな程、その口から出る
その名が嫌だった。
頬を引き攣らせるコースケの口から、思わず一言突いて出てしまった。
『最近・・・
リコちゃんは、キタジマさんの話が・・・ 多いね・・・。』
考えなしに言ってしまってから、コースケは自分の口から出たそれが
弱々しく震えていたことに慌てて咳払いをする。
しかし作り笑顔も、もう限界だった。
一度切り出してしまったらもう止まらなくなってしまって、リコはキ
タジマのことをどう思っているのか、好きなのかそうじゃないのか。
そして、今も自分のことを想ってくれているのか。胸の中がザワザワ
とざわめいて苦しくて歯がゆくて、シャツに手を突っ込んで掻き毟り
たい気分で。
しかし、コースケのそんな切ない胸の内に全く気付いていないリコは
『一緒にいる時間が長いからかな?』と、小首を傾げ斜め上方を見て
何の気なしに言う。
『リ、リコちゃんにとって・・・
・・・キ、キタジマさんてさ・・・・・・・・。』
コースケは顔を伏せたまま、低く呟く。
心臓がバクバクと音を立てて耳元で鳴り響くようで、少し苛つきが声に
出てしまう。リコは質問の意味が分からないようで、キョトンとしてコ
ースケを真っ直ぐ見ている。
その反応でリコがキタジマへ特別な感情など無いということは、普段の
冷静なコースケならすぐさま気付けるはずなのだが、今の状態ではそれ
は無理で。聞きたいけれど聞きたくない。ハッキリさせたいけれどそれ
はそれで怖い。
どこかいじけるように、それでもコースケは尚も続ける。
『だって、ほら・・・
そんなにいつも一緒なら、なんか・・・ほら。
キタジマさんだって、男だし・・・
・・・ねぇ?』
そう言った目の前のコースケを、リコがまん丸い目をして見つめる。
その姿は床に胡坐をかき情けなく背中を丸めて、膝の上で両の指先を
無意味に絡め爪を弾いて、それはまるで不貞腐れる子供のようで。
暫し呆然とそれを見つめていたリコが、弾かれたようにお腹を抱えて
笑い出した。可笑しくてバカバカしくて仕方がないといった高音の笑
い声が静まり返った二人きりの遊戯室に響き渡る。
リコは身体をよじらせて涙を流しながら尚も笑い続けている。
そして、笑い声の合間をぬって苦しそうに切れ切れに発した。
『キタジマさんは、私の師匠だよ!
それに・・・ 髪の毛ボッサボサで、無精髭で、
お風呂も入ってなくて、家にも帰ってなくて・・・
・・・仙人よ! 仙人っ!!』
そう言って更にリコは床に突っ伏して笑い転げた。
コースケは、あまりに笑われるものだからあからさまにムっとした顔
をすると、床に放置されたままの絵筆をむんずと握って再び無言で色
付け始めた。
コースケがこんな子供っぽい一面を見せたのは初めてだった。




