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130/227

■第130話 マリの知人



 

 

 

その日、コースケは仕事で遅くなるマリの代わりにタクヤを預かっていた。

 

 

他の園児がいなくなった閑散とした夜の保育園の遊戯室で、床に広げたパ

ズルで遊んでいる時、タクヤがコースケにおもむろに訊いた。

 

 

 

 『リコおねえちゃんは~?』

 

 

 

キラキラした純粋な瞳のタクヤは、コースケを真っ直ぐ見澄ます。

まるでそれは、コースケの胸の内を知っていて訊いているかのようで。

 

 

『・・・元気だよ。この間会ったよ・・・。』 そう言って、微笑み返す。

 

 

すると、『ぼく、リコおねえちゃん大好き!』 タクヤが屈託のない笑顔

で笑う。

 

 

 

 『・・・・・・・・・・・・・俺も。』 

 

 

 

コースケがちょっと俯いて、呟いた。


純真なタクヤの視線がなんだか胸に息苦しくて、真っ直ぐ見つめ返す事が

出来ず床の上のパズルピースに目を落としたコースケは、それを意味も無

く指先で弄びながら小さく小さく溜息をこぼした。

 

 

  

それから暫くして、マリがタクヤを迎えにやって来た。

パタパタと慌てた足音を立てて園の裏口から遊戯室へと駆けて来たマリ。

 

 

 

 『ごめんね、コーチャン!! ありがとね・・・。』

 

 

 

そう開口一番で謝ると、手に持つドーナツの箱をコースケに見えるように

掲げ、『お腹空いたでしょ? 一緒に食べよ?』 とやわらかく笑った。

 

 

園児用の小さいテーブルにドーナツを広げ、コースケ・マリ・タクヤの3

人で食べる。


マリが買ってきたそれにはチョコ系のものは一切無い。普通定番はチョコ

な気がするコースケに、マリは肩をすくめどこか嬉しそうに言う。

 

 

  

 『たっくん、チョコ嫌いなのよ。 可笑しいでしょ・・・。』

 

 

 

チョコ嫌いなのは兄ケイタからの遺伝か。ケイタも子供のときにバレンタ

インで貰ったチョコを食べすぎて、それ以降一切食べられない体質になっ

ていた。学生時代、マリから貰ったチョコが嬉しすぎて後先考えずに食べ

蕁麻疹だらけの顔になったケイタを思い出していた。


コースケは、懐かしくもどこか思い出したくない兄の話に、ほんの少し投

げやりに素っ気なく相槌を打つ。

 

 

コースケが無意識に作る苦い顔を目に、咄嗟に話題を変えようとマリが先

日の出来事を話し始めた。

 

 

 

 『この間ね、高校の時の先輩に何年かぶりでバッタリ会ったの。

 

 

  すっごくキレイな絵を描く人でね・・・


  ・・・ケイタも凄く慕ってた先輩なのよ。』

 

 

 

やはり自然に出てしまう ”ケイタ ”という固有名詞に、マリは気付いて

いない。しかしコースケは、それよりなによりマリの口から出た ”絵を描

く人 ”という言葉に、ふと引っ掛かりを覚え口を開く。

 

 

 

 『そう言えば・・・

 

 

  リコちゃんが美大に進んだのって、知ってたっけ・・・?』

 

 

 

マリが『ううん。』と首を横に振る。


しかし、園の遊戯室を鮮やかに彩るイラストの数々がコースケとリコの合作

だとタクヤから聞いていたマリは、それは納得の結果な気がした。

 

 

 

 『どこの大学~?

  

  

  ちなみに。


  その先輩も、未だに大学に残って描いてるみたいなのよ。』

 

 

 

その瞬間、コースケになんだか言葉に出来ないモヤモヤしたものが生まれた。


マリの先輩という事は、そこそこ年齢は重ねている。そして、いまだに大学

で描いているという。しかしそれは ”講師 ”としてという意味かもしれな

いと考えつつも、一瞬頭をかすめたそれをどうしても無視出来なかった。

 

 

『ぉ、丘美大じゃないよな・・・?』 ある筈のない可能性に、心配しすぎ

な自分を少し嘲る笑いが混じった声を落としたコースケ。

 

 

すると、マリが目を見張って驚いた顔を向けた。


胸の前で両の手を合わせ、パチパチと瞬きを繰り返すその顔はすごい確率に

嬉しくて仕方なさそうに高揚して。

 

  

 

 『・・・ぇ。


  その人って・・・

 

 

  ・・・キタジマ、・・・って、人・・・?』

 

 

 

マリのその様子に、コースケの声は有り得ない確立の偶然に完全に落ち着き

を失っていた。途切れ途切れでこぼれた、その、口にしたくない固有名詞。


聞きたくなどないのに、ここ最近コースケの耳にはその名ばかりが聞こえ、

そして何処までも追い掛けて来るような気がする。

 

  

マリは『こんな偶然てあるのねっ?!』と、もの凄く喜んではしゃいだ。


キタジマの学生時代のエピソードを、訊いてもいないのに次々と矢継ぎ早に

まくし立てる。

コースケだけがなんとなく鬱々とした感じを拭えきれず、おざなりに相槌を

打って話を聞いていた。

 

 

マリは、まだ嬉しそうに続ける。

 

 

 

 『リコちゃんはキタジマさんを知ってるのかなぁ~?


  とっくに卒業したような人が校内うろついてたら、


  やっぱり噂にもなるかな・・・?』

 

 

 

頬を緩めて、校内でのキタジマを想像するマリ。

若い女の子ばかりできまり悪そうに廊下を歩くキタジマに、少しぷっと吹き

出しそうになりながら。


コースケは一言も喋らずに黙ってそれを聞いていた。

 

 

 

 『キタジマさんね・・・


  3年前に奥さんを亡くしたらしくてね・・・

 

 

  ・・・あの当時とは、雰囲気が全然違ってたんだぁ・・・。』

 

 

 

キタジマが既婚者だったなんて初耳だったコースケ。


しかもその相手はもう他界しているなんて、リコは知っているのだろうかと

なんだかやけに気になり、キタジマはリコの事を何か言っていたのか訊こう

か迷っていたコースケに、マリが手元のドーナツに目を落とし小さく小さく

続けた。

 

 

 

 『・・・でも、最近ね。


  なんか、面白い子が傍にいるらしいの・・・

 

 

  ・・・その子のお陰でね、


  ちょっと、笑顔が戻ってきてるみたいでねぇ・・・。』

 

 

 

コースケが、息を呑む。


自分の意思とは関係なしに、顔の筋肉が強張ってゆくのを感じる。

なんだか喉がカラカラに乾いて引っ付いて、巧く呼吸が出来ない。

 

 

 

 『・・・その子ね、

 

 

  少し、亡くなった奥さんに似てるって・・・ 


  キタジマさん、言ってたなぁ・・・。』

 

 

 

マリがそう俯いて呟き、要らぬことまで話し過ぎたかと顔を上げると、絶句

して真っ青な顔を向けるコースケがそこにいた。

 

 

瞬時に、何かに気付いてしまったマリ。


薄く開いたままの口から、それは色を失ってこぼれ落ちた。

 

 

 

   『ゥ、ウソでしょ・・・


    ・・・もしかして・・・・・・・・・・・・・。』

 

 

 


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