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■第128話 再会


 

 

 『あの。 本当・・・ す、すまなかった・・・。』

 

 

大して痒い訳でもないのに首の後ろをボリボリ掻きむしりながら、身の置き

所なげに目を逸らし小さく呟いたキタジマは、更に情けなく背中を丸めて暗

い街並みの奥へ帰って行った。

 

 

リコは、そんな痩せた猫背を暗闇の先に見えなくなるまで遠く視線を投げて

見送る。なんだか滑稽で可笑しくて笑いそうになってしまうのを堪え、そっ

と優しく目を伏せた。

 

 

 

 『リュータさんまで巻き込んじゃって、ごめんね・・・。』

 

 

 

隣に立つリュータへ視線を向け、肩をすくめてリコは謝る。


『何おごってくれんだぁ~?』と、リュータが悪戯っ子のようにニカっと

口角を上げ、些細な事など気にしないいつもの大らかな雰囲気で笑った。

 

 

 

奇跡的に見付かったキタジマの財布。


年季が入った黒革のそれは、ふたつ折りタイプのものでだいぶ擦り切れて

いて正直みすぼらしい感じが否めないそれ。

 

 

リュータが第一発見者だった。


『コレじゃないっスかぁ~?』 と手を挙げて掲げたリュータの手から、

キタジマは思い切り乱暴に奪うように引っ掴む。そしてふたつに折り畳ま

れた財布を開き、中を見て確かにそれと確認すると、大切そうにジーンズ

のポケット奥底に押し込めた。


俯いて目を眇め、まるで泣き出してしまいそうな、心から安心した表情を

して。見つかったそれは、宝物のように・・・

 

 

リコは再びリュータのバイクの後ろに乗り、ナチ達が待つ部屋へ帰った。


達成感にも似た清々しい表情のリコと対照的に、リュータは少し何かを考

え込んで浮かない顔をしていた。

 

  

 

 

 

 

キタジマはリコ達と別れた後、再び大学へ向かっていた。


一人暮らしの自宅にはただ寝る為だけに深夜に帰宅し、殆どの時間を大学

の空教室で過ごしていた。夕飯を終えた後の数時間、再び絵筆を握ろうと

ボロボロのツッカケを引き摺って、穏やかな春の夜道を歩いていた。

 

  

すると大学へ戻る道すがら、キタジマは突然背後から声を掛けられた。


それはだいぶ耳に懐かしいやわらかい声で、頭の中でその声の主を思い出

そうと記憶をフル回転する。

 

 

そして、ゆっくりと振り返った。

 

 

 

 『・・・キタジマ、さん・・・ じゃない?』

 

 

 

そこに立っていたのは、マリだった。

仕事の関係で近くまで来ていて、これから電車に乗って自宅方面へ戻る所

だったマリ。

 

 

 

 『ナミキ・・・か?』

 

 

 

絵具だらけのヨレヨレのシャツだが、キタジマの特徴的な気怠い歩き方は

後ろ姿だけだとしても、マリにはそれだと気付かぬはずなかった。


きちんと社会人らしく小奇麗にスーツを羽織り、パンプスを履きこなすマ

リを見て、キタジマは目を見張って驚く。

 

 

実はキタジマはマリの高校時代の先輩で、古くからの知り合いだったのだ。

二人は互いに驚き悦び合い、道路の真ん中で大きな声をあげた。

 

 

数年ぶりに偶然バッタリ会った二人。

興奮冷めやらぬ感じで話をするも、道端での立ち話なんかでは収まらず近

くの喫茶店に入る事にした。

 

 

あまり客が多くないそこで、4人掛け席に向かい合って座る。

互いにコーヒーを飲みながら、懐かしい思い出話に一気に花が咲く。


キタジマが大学にそのまま残って絵を描き続けていることを話すと、マリ

はテーブルに頬杖をついて小首を傾げ、微笑んで嬉しそうに訊いた。

 

 

 

 『ミホさんは? 元気にしてますか・・・?


  ・・・結婚したんですよねぇ??』

 

 

 

すると、キタジマが小さく頷き、頬を緩めてどこか遠い目をした。

それはあまりに優しすぎて、なんだか哀しくなるくらいのそれで。

 

 

 

 『・・・アイツは死んだよ・・・


  3年前。 ・・・あっさり、事故でな・・・。』

 

 

 

あたたかく穏やかな声色とは真逆のその一言に、マリは目を見張って

固まる。『ぇ。そんな・・・。』 絞り出すように呟いた後は、それ

以上は声が出なかった。一気に目の奥が熱くなり、鼻がツンと痛んで

息苦しくて何も言うことが出来ない。

 

 

マリが涙がこぼれるのを必死に堪える沈痛な面持ちで黙りこくってし

まったのを見て、キタジマが静かに話し始めた。

 

 

 

 『それ以来、俺。 ゼンゼン、描けなくなってさ・・・

  

  

  やっと筆にぎれるようになったんだけど、


  静寂が全くダメんなって・・・

  

 

  頭割れそうなくらい音楽かけながらじゃないと、


  未だに描けねぇの・・・。』

 

 

 

嘲るように小さく笑いを含んでキタジマは目を伏せる。


その寂しげな姿に、マリはキタジマの優しくあたたかい絵を思い出し

ていた。いつもミホと二人で顔を並べ、愉しそうに鉛筆を握っていた

あの頃の姿が今でもハッキリと浮かぶ。

 

 

 

 『じゃぁ・・・


  ずっと、一人で・・・


  ・・・こもって、描いてるんですか・・・?』

 

 

 

そう問いかけるマリの声は、涙声になっていた。


泣いてはいけないと必死に自分に言い聞かせる。そんな事してもなん

にもならないし、キタジマの傷を掘り返すことになるだけだと深く息

を吸って吐いてなんとか動揺を鎮めようとしていた。


しかし何をどうしたって、キタジマがミホに愛おしそうに笑いかけて

いたあの顔が切なく浮かんで、胸が苦しくて仕方がない。

 

 

すると、ふっと思い出したように目を伏せて笑ったキタジマ。

 

 

 

 『イヤ・・・


  ・・・最近、ちょっと面白い奴がいてさ・・・。』

 

  

  

まるで、その人がそこにいるみたいに。目を細めて見つめるように。

優しく微笑みながら、小さく小さく呟いた。

 

 

 

 『アイツに・・・ どことなく、似た奴でさ・・・。』

 

  

  

  

 

 

夜道をリュータは、思いつめたような顔でバイクを走らせていた。

腰の辺りを掴むその手の感触に、思わず一瞬だけ後ろを振り返ってリコ

の顔を見る。

 

 

キタジマの財布を見付け、念の為にと二つ折りのそれを開いた時に真っ

先に目に入った色褪せた一枚の写真。


そこにはキタジマと、キタジマに寄り添い微笑む女性の姿があった。

 

 

どことなく、リコに似た女性の姿があった・・・

 

 

 


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