■第127話 財布
再びリコのケータイに鳴り響いた着信音に、『ま、た、キタジマさん?!』
ナチからの射るような鋭い視線を気にしながら、きまり悪く電話に出たリコ。
すると第一声で、その低いぶっきら棒な声は慌てて『俺、財布どこやった?』
と呟いた。
さすがにリコも呆れ気味な声色を隠しもせずに返す。
(子供じゃないんだから・・・。) 心の中でひとりごち、
『私、さすがにお財布は管理してませんよ・・・
ラーメン屋さんじゃないんですか?
・・・あっ! 傘、買ってくれた時とか・・・?』
『あぁ・・・
・・・傘、 買ったよな・・・。』
キタジマの、珍しく困り果てた様子がケータイを通じて伝わる。
滅多に喜怒哀楽を出さない、声色を変えない人間からそんな落ち込んだ空気を
醸し出されて、リコもさすがに只事ではないと悟る。
すると、キタジマは更にしょぼくれた一言を零した。
『・・・全財産、はいってんだよなぁ・・・。』
『えっ?! 大変じゃないですか!!』 思わず大きな声が出るリコ。
モゴモゴときまり悪く呟き続けるケータイ越しのキタジマの声が、どんどん
心細げに小さくなっていき、それはまるで消えてなくなりそうで。
あの絵具だらけの空教室で、大きな背中がしょんぼりと小さく小さく縮まり
ガサゴソと財布を探している様子が思い浮かび、なんだかリコの胸が親心の
それのようにきゅっと痛む。
リコはひとつ溜息を付き、覚悟を決めたようにコクリと頷いた。
『・・・私、今から行きますから。 一緒に探しましょ?』
その言葉に、会話を聞いていたその場にいた皆が一斉にリコを凝視した。
『もう暗いし危ないぞ?』 思わず電話中のリコに発したリュータの言葉にも
キタジマの元へ行き一緒に探す気持ちを変えようとはしないリコ。
あの夜の事件以来、リコは一人で夜に出掛けるのは極力避けていたし、何より
本人が一番嫌がっていたというのに。
『・・・んじゃ、バイクで乗っけてく。』
そう言うとリュータが立ち上がり、ヘルメットを置いた棚へと手を伸ばす。
そして、同乗者用のそれをリコに渡した。
リュータに迷惑はかけられないとリコが何度断っても、リュータは断固として
それを聞き入れない。
『どうしても行くってゆーなら、バイクで送ってく。』
コースケがリュータへと、何か言いたげに目を向ける。
その視線はなんだか哀しげで切なげで、リュータは ”分かってる ”とでも言
うかのように小さくコクリと頷き返した。
雨が上がった夜の街の、信号の青や赤が眩しいほどに反射する路面をリュータ
のバイクはスピードを上げて進んでゆく。
そしてだいぶひと気も少なくなった静かな駅前のラーメン屋で停まると、痩せ
た猫背の汚い格好の男が、暗い中ガサガサと辺りを物色する姿が目に入った。
『キタジマさん!!』
リコがバイクから下り声をかけ駆け寄ると、その声に慌ててガバっと顔を上げ
その刹那リュータの姿を目に、すぐ顔を逸らしたキタジマ。
『来なくていいって言ったろが。 カレシと帰れ。』
そんな他を寄せ付けない雰囲気のキタジマを見て、リュータが言った。
リュータもここまで来てなにもしないで見ている訳にはいかない。探し終わっ
たら再びリコをバイクに乗せて帰るつもりで来たのだから。
『別にカレシじゃないし。
・・・それに、せっかく来たんだから探さして下さいよ~。』
そう言うと、キタジマの返事も待たずにリュータも一緒に財布を探し始めた。
キタジマはバツが悪そうに不機嫌顔でそれを見つめ、しかし何を言っても探す
ことを止めなそうなリュータの姿に、諦めたように黙りこくって再び辺りを探
しはじめる。
『全財産って、いくら入れてたんですか?』 心配そうに顔を歪めリコが訊く。
すると、キタジマはボソっと呟いた。 『5千円。』
それを聞き、リュータは探していた手を止め吹き出して大笑いし、リコは真っ
赤になって怒り出した。
『な、なんで5千円が 全財産なんですかっ?!』
しかし、キタジマは顔色ひとつ変えず呟く。
『タバコもコーヒーも買えるだろが。』
シレっとまるで真剣な顔で言うキタジマに、呆れ果ててそれ以上何も言う気が
しなくなるリコだった。
その頃、リュータの部屋ではコースケ・ナチ・アカリがリコ達の帰りを待っ
ていた。リュータとリコがいなくなった部屋は急に静まり返り、なにもする
事がなく手持無沙汰で、付けっ放しのテレビもいくらチャンネルを替えても
面白くもなんともない。
なんだか居心地の悪い時間が3人の間にノロノロと過ぎてゆく。
すると、アカリが少しコースケに鎌をかけるように、聞こえよがしにナチに
言った。
『リコ・・・
・・・師匠に惹かれ始めてんじゃないのかな~?』
その一言にナチは大激怒する。
それは認めたくないけれど、近くにいるナチが一番杞憂していた事だった。
それをアカリにストレートに突かれて、八つ当たりするようにナチは憤る。
『あんっな変人・・・
私が絶っ対、 絶-っ対認めないんだからっ!
リコはコースケさん一筋なのっ!
・・・コースケさん以外なんか、考えられないのっ!!』
大声で叫ぶナチの声に、少し赤くなり所在無げに目を伏せるコースケだった。




