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■第126話 着信


 

 

 『お前、帰っていいんだぞ。』

 

 

ずぶ濡れのキタジマを追い掛け傘をさしかけたリコは、その言葉に大きく首を

横に振った。背の高いキタジマに傘が掛かるよう、右腕をぐんと伸ばし爪先立

ちになっている。


キタジマはなんだかバツが悪そうにリコから目を逸らし、必死に差し出してい

るその傘の持ち手を暫し見つめ、そして諦めたようにそっと受け取り握った。

 

 

ビニール傘の狭い空間に、ふたり。

空からは細かい雫が透明のカーブしたビニールに矢のように突き刺さる。


すっかり濡れたキタジマの前髪からは、いまだに雨粒がポタポタと落ちていた。

リコはカバンからハンカチを取り出すと、その前髪に手を伸ばそうとして一瞬

躊躇い手が止まる。そしてキタジマの他方の手にハンカチを押し付けた。

 

 

 

 『どうせなら、一緒に駅まで行きましょうよ・・・。』

 

 

 

リコが不機嫌そうに低く呟く。


不器用すぎるキタジマに、リコは軽く怒りを覚えるほどだった。

言葉が足りなくて、行動はガサツで、愛想もなくて、もう呆れ果てて頭にくる。

 

 

 

 (ばかじゃないの・・・?


  ・・・本当は、イイ人のくせに・・・。)

 

 

 

その後は、二人。ひとつの傘に入り、一言も喋らずに駅まで歩いた。


キタジマが握る傘の持ち手は、リコに気付かれない程度に冷雨に濡れないよ

う右側に立つリコ寄りに差し掛けて。


傘のカーブ内には二人の息を吸って吐く音が小さく小さく反響している。

なんだかこの距離間に慣れなくて身の置き場がなくて、決して目を合わせら

れない。

 

 

駅に着くと、キタジマは傘をリコに渡して一言の挨拶もなしに背を向けて帰っ

て行った。

キタジマの背中をじっと見つめるリコ。その不器用で大きな痩せた背中は左肩

だけがダイレクトに雨を受けたように酷く濡れていた。

 

 

リコは暫くその猫背を見ていた。

決して振り返らない背中を、ただじっと見ていた。

 

   

 

 

 

 

駅でキタジマと別れ、リコはナチ達の元へ急いだ。


小走りでリュータの部屋の前まで着くと、玄関脇の小窓から漏れる部屋の明

かりと中からみんなの騒ぎ笑い合う声が聞こえ、安堵感が込み上げ頬が緩む。

 

 

 

 『ごめんっ! 遅くなっちゃった!!』

 

 

 

リコが勢いよく部屋へ飛び込むと、いつもの大好きな面々が迎えてくれた。


『遅い!』と文句を言いながらもその顔は笑顔で、リコは申し訳なさそうに

眉尻を下げ情けなく笑い返す。

 

 

すると、ナチがふくれっ面で言う。

 

 

 

 『師匠なんか放っといて、さっさと来たらよかったのにっ!』

 

 

 

言われると覚悟していた、ナチのその第一声にリコがペコリと頭を下げると

『どんだけイイ男なの? その師匠~ぉ。』 アカリが身を乗り出して興味

津々な感じでニヤニヤして訊く。

 

 

『そんなんじゃないってばぁ・・・。』と困った顔を向け口ごもるリコに、

コースケが言った。 『さっき電話した時に、一緒にいた人・・・?』

 

 

雨宿りをしてる時、コースケと電話中になんだかゴタゴタしてしまった事を

リコが謝る。


そして、そんな謝罪もそこそこにキタジマが描く絵について話し始めた。

 

 

 

 『コーチャン先生にも、あの絵を見せてあげたいくらいっ!!』

 

 

 

リコがキラキラした子供のような瞳で身を乗り出している。


とってもやわらかくて、優しくて、眩しい絵なんだと熱くリコが語るのを

コースケは優しく相槌をうちながら小さく微笑んだ。

 

 

 

その時、

  

 

 

  ♪~♪・・♪♪~~

 

 

 

  ◆着信:キタジマさん

 

 

 

 『もしもし・・・ どうしました?』

 

 

 

ナチは咄嗟に着信相手が誰か分かり、またしても苦い顔をする。


リコの正面に立ち、ケータイを耳に当てバツが悪そうに背を丸めて会話をする

リコにジタバタと駄々を捏ねる子供のようにアピールをして。

 

 

 

 『・・・ぁ。

 

 

  えーぇと・・・


  横の棚の、上から2段目の引出に買置きを仕舞いました・・・。』

 

 

 

リコがそれだけ伝えると、『わかった』も『ありがとう』もなく、キタジマか

らの電話はアッサリ切れた。みんながリコに注目していたので、ちょっと気ま

ずそうに片頬だけ歪めて笑いながら説明する。

 

 

 

 『 ”買い置きのタバコ、どこに仕舞ったんだ? ”って・・・。』

 

 

 

するとアカリがニヤニヤと厭らしく顔を緩め、眉を上げて一言呟く。 

 

 

 

 『まるで、夫婦じゃ~ぁん?』

 

 

 

その明らかに面白がっているアカリの声色に、ナチが更に不機嫌になった。


コースケが視線を落としその顔は作り笑いさえしていないのを、リュータが

横目で見ていた。

  

 

  

暫くなんだか微妙な空気になっていたが、その後はアカリが実はこちらの短大

をこっそり受験し、合格していた話で大いに盛り上がった。


みんなの愉しそうな笑い声が五重奏となり狭いアパートの室内に跳ね返り響く。


ナチとアカリはすっかり仲良くなり、日々ケンカしながら絆を深めていた。

リュータは来週から本格的に就職活動を始める予定だった。

コースケは夜間の学校が女の子ばかりで肩身が狭いと困って笑った。

 

 

すると、

 

 

 

  ♪~♪・・♪♪~~

 

 

 

『またぁ?!』 ナチが再び怒った。

 

 

 


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