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■第124話 ラーメン屋


 

 

 『おぉ! キタちゃん、カノジョ連れなんて珍しいねぇ~!』

 

 

暖簾をくぐって入ったのは駅前の小さな古いラーメン屋だった。


確か昔からあるそこだが、ごちゃごちゃと多種な古い店がひしめき合う通り沿

いにあり、存在はなんとなく知ってはいたが今まで入ったこともなければ、入

ろうと思ったこともなかったそこ。

 

 

キタジマは常連なのか、白髪交じりの店主に親しそうに話しかけられている。


そのシワが刻まれた穏やかそうな顔は、なんだかやけに嬉しそうににこやかに

口角を上げ、キタジマに向かってうんうんと一人頷いて。

 

 

店主の ”カノジョ ”というワードにリコが猛反論しようとキタジマを睨むも、

キタジマにとってはそんな事どうでもいいらしく、肯定も否定もせず黙ってカ

ウンターの一本足の椅子を引き摺って手前に引っ張り、腰を下ろした。

 

 

カウンターに5席、テーブル席がひとつあるだけの狭いそこ。


物理的に狭く感じるだけではないそれは、きっと視覚から得られる負の情報の

多さにもあるのだろう。

 

 

 

 『ラーメン2つ。』

 

 

 

やっと口を開いたかと思ったら、たったそれだけボソっと呟いたキタジマ。

ただお腹が空いていたならそう言えばいいのにと、リコは内心呆れていた。

 

 

 

  ( ”ごはん食べに行かないか? ”とか、


    ”ごはんに付き合ってくれないか? ”とか、


    ・・・フツウ、先に言うでしょ・・・?)

 

 

 

その前に、リコの予定もなにも確認する気配がないその勝手気ままな言動に

呆れるのすら通り越してしまう。キタジマの頭の中はどんな構造になってい

るのか一度パッカリ開いて探ってみたい気分だった。


そんなキタジマは、リコのことなど完全に無視して咥えタバコのまま新聞を

ガバっと広げ、無言で読んでいる。

カウンターに座るキタジマとリコの間には、ひとつ空席の椅子がある。微妙

な距離をとって二人は並んでいた。

 

 

手持ち無沙汰でひとり、リコは店内を見渡した。


キタジマは新聞を読んでいるが、雑誌コーナーにあるそれらはオジサンが好

むものばかりで、おまけにもれなく脂ぎっていてリコには食指が動かない。


正直言って、連れて来られなければ自分からは絶対に入らないようなあまり

キレイではない店。油でテカった茶色い壁に掛かっている日めくりカレンダ

ーは、去年の日付で止まっている。カウンターも油っぽくベタベタしていた。

リコ達の他には客もいず、店主は湯呑に注いだ瓶ビールを飲み、付けっ放し

のテレビを見ながら片手間にラーメンを作っている。

 

 

テレビから流れる昭和の歌謡曲だけが、店内に静かに響いていた。

 

 

人差し指の先で油っぽいカウンターを怪訝そうな顔でペタペタと触っている

リコの前に、『はい、おまちっ!』 ラーメンが少し乱暴に置かれた。


その瞬間、レンゲが転がり落ちその反動でスープが洋服に撥ねた。リコは慌

ててカウンター脇にあった台布巾を引っ掴み、それを拭く。

 

 

すると、『気をつけろ。』

 

 

チラリとリコへと視線を寄越し、キタジマがぽつりと呟く。

心配してくれたのかと思った次の瞬間、

 

 

 

 『それもたいしてキレイじゃねぇぞ。』

 

 

 

慌てて洋服を引っ張って見ると、台布巾の古い汚れがしっかり付いている

部分で洋服をゴシゴシ擦ってしまったらしく、拭く前より汚れて見える。


リコが苦い顔を向け、ぎゅっと口をつぐむ。

 

 

そして、『ラーメンは大丈夫なんですか?』と眉根を寄せ、ラーメン丼から

少し体をのけ反ってキタジマに小声で訊く。本当に食べても大丈夫な物なの

か心の底から不安になっていた。


そんな不信感200%のリコへ、キタジマは ”いいから黙って食え ”とで

も言うように無言で丼をアゴで指し、促す。

 

 

リコは指先でレンゲを持つと恐る恐る唇に当て、クンクンとにおいを嗅いだ

あと随分躊躇いながら一口すすった。

  

  

 

 『・・・美味しい。』

 

  

 

リコが目を丸くして驚いた。もう一度、本当に自分の感覚が間違っていないか

確かめるようにスープを口に含み、そしてその後は無言で無我夢中でラーメン

を食べた。額にしっとりと汗をかきながら食べ続け、最後には丼を両手で持ち

喉を上下させてスープも全て飲み干した。


そんな様子をチラッと横目で見るキタジマが、リコに気付かれないよう少しだ

けやさしく微笑んだ。

 

 

  

 

食べ終わったキタジマがトイレに立つと、店主がリコに話し掛けて来た。

 

 

 

 『キタちゃんを連れ出すなんて、アンタ凄いねぇ?』

 

 

 

キタジマがこの店に来たのは久々のことなのか、イマイチ意味が分からず首を

傾げるリコに、内緒話のようにカウンター越しに身を乗り出し呟く店主。

 

 

 

 『もっと連れ出してやってくれよ~


  ・・・本当はもっとよく喋るし、笑う奴なんだから・・・。』

 

 

 

その一言に、リコは意外すぎて驚いた。

キタジマがペラペラとよく喋る姿なんて、ましてや笑顔など全く想像出来ない。

 

 

そこへ、ボリボリと首の後ろを掻きながら気怠くキタジマが戻って来た。

『行くぞ。』 一言呟いて、店主に一瞬手を上げ挨拶してとっとと先に店を出

て行ってしまう。


リコが会計のことを心配する目を店主へ向けると、『もう貰ってるよ。』と微

笑んでいる。リコが気付かぬうちにキタジマが会計を済ませていたらしい。

 

 

 

 『ぁ、あの・・・ お金。』

 

 

 

自分の分の支払いを申し出るリコの言葉を無視して、キタジマは目を細め夜空

を見上げる。


『降るな・・・。』 そう言った直後、本当に雨が降り出した。

 

 

 



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