■第118話 あの夜のキス
みんなでコースケの家で飲んだ夜。
酔ったリコがフラフラと覚束ない足取りで部屋を出て行った事に、最初に気付
いたのはタケだった。
それはあまりに危なっかしくて心配でタケが起き上がろうとしたが、それより
先にコースケが飛び起きすぐ後を追いかけていった。
そして、園の遊戯室の壁にもたれ掛かってリコは泣いた。
酔いも回っていた為、リコは自分が思うよりもずっと切ない泣き声も『好き』
と呟く悲痛な叫びも、静かなそこに木霊し響いていたのだった。
すると咄嗟にコースケがリコの元へ駆けつけ寄り添った。
きっと、頭で考えるより先に真っ直ぐに心が動いたのだろう。
リコとコースケを追って遊戯室の入り口に佇むタケの目に映ったのは、リコに
キスをし、愛おしくて仕方なさそうに抱き締めるコースケの姿だった。
それは決して酔った勢いや軽い気持ちなどではなく、抑えて抑えて、それでも
尚抑えきれない想いが溢れてしまったかのような姿だった。
リコを抱き締めるその姿は、まるで雛を包み込む親鳥のように愛情が溢れてい
て抱き締める事によってなんだか自分自身を傷つけているようにも見えた。
その瞬間、タケはハッキリと思い知らされた。
コースケも、リコを心から想っているという事を・・・
しかし、色んな事情が絡んでリコの全てを受け止める事が出来ずにもがいて
いるのだと。きっと生真面目なコースケの事だから、リコの事を考えすぎる
余り気持ちを伝える事を躊躇い想いに蓋をして必死に抑えているのだろう。
それは、タケの気持ちが固まった瞬間でもあった。
”リコにきちんと自分の気持ちを伝えよう ”と・・・
いつだって気持ちを伝えられる状況の自分と、リコと気持ちが通じているのに
本当の気持ちを抑え続けなければいけないコースケ。
その時、大嫌いだったはずのコースケをどこか身近に感じたタケ。
『あれは、アイツだよ・・・ 僕じゃない。』
そうリコに伝えたのは、今までしてきた数々の過ちの侘びのつもりだった。
この一言で全てが帳消しになるなんて思ってなどいないけれど、これがリコが
一番知りたい事なはずだから。
しかし、タケは最後の最後にリコにひとつだけ隠し事をした。
あの夜、タケの耳にそれは小さく小さく聴こえていた。
苦しそうにうめくように喉の奥から漏れた、コースケの震えるその一言を。
『好きだよ・・・。』
しかし、それは、それだけはリコに言えなかった。
最後の最後で、嫉妬心がその一言だけは伝える事をギリギリの所で拒んだ。
(本当にアイツがリコの運命の相手なら、
僕から伝える必要なんてないはずだ・・・。)
タケが大きく手を振って遠ざかってゆくのを、リコはいつまでも見つめていた。
坂道の桜が、突然吹いた大きな風にそよいでパッと雪のように舞い上がる。
全てが新しく動き出す、春がやって来た・・・。
≪第三章へつづく≫




