↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
117/227

■第117話 タケの真実


 

 

 『あの夜の、あれは・・・ 僕だったんだ・・・。』

 

  

 

あの夜の恐怖がフラッシュバックし、リコは息をのんで体を固くする。


暗闇で突然近寄って来た男のシルエットと、乱暴に掴まれ揺さぶられた腕の感触

を思い出し、後から後から津波のように押し寄せる恐怖心で、ガタガタ震える。

あの夜痛めた左手をかばうように抱きすくめ、まるで必死に隠れようとでもして

いるみたいに細い体をより細く小さく縮め、声も出せずにリコは目を見張った。

 

 

そんなショック状態のリコを見つめ、タケはゆっくりと砂利の道路に膝をつき、

崩れるようにしゃがみ込んだ。 

 

 

 

 『ただ・・・ リコに逢いたかった・・・


  一目だけも、ただ遠くから見るだけでも良かった・・・

 

 

  リコに・・・ 逢いたかったんだ・・・

 

 

  あの頃からずっと・・・


  リコが、 リコのことが・・・ 好きなんだ・・・

 

 

  ・・・今でも、リコが・・・ 大好きだ・・・・・・・・・・。』

 

 

 

呆然と立ち竦みあの夜の恐怖に震えながら、リコは足元に崩れ落ちたタケを

見つめる。


そんなリコの頬にも、次々と涙の雫が伝っていた。

 

 

 

 

  あの夜、タケが先に声を掛けてくれていたら・・・


  名乗ってくれていたら・・・


  あんな暗闇でさえなければ・・・

 

 

 

 

リコはこんなに怯えずに済んだし、タケはこんなに罪悪感に苛まれることは

なかったというのに。

 

 

タケが今までたった一人で抱え続けていた痛みを思い、リコは胸が張り裂け

そうでなんだか息苦しい。


そっとタケを見つめると、リコも膝をついてその隣にしゃがみ込んだ。

 

 

 

 『ごめんね・・・ タケ。


  ほんと、ごめんね・・・

 

 

  ・・・私・・・ 全然、気が付けなくて・・・。』

 

 

 

リコがタケの顔を覗き込み、細く白い指で泣きじゃくるタケの頬の涙を拭う。

 

 

好きな人を想い続ける気持ちは、リコにも痛いほど分かる。


ただその姿を見るだけで嬉しくて、声を聞けるだけで切なくて、届かない想い

に胸を焦がし、眠れない夜を幾夜も過ごすのだ。

  

 

 

 『タケ・・・ ありがとう。』

 

 

 

リコが涙でぐしゃぐしゃに頬をぬらしながら笑顔で言う。

タケは真っ直ぐリコを見つめる。


このまま見つめていたい。

目を離したくない。

本音を言えば壊してしまうほどに強く抱きしめたいし、誰にも渡したくない。

 

 

タケは答えは分かっているけれど、それでもリコへと訴えるように呟いた。

 

 

 

 『僕なら・・・ リコのことだけを見てるよ・・・

 

 

  ・・・他の人のことなんて考えたりしない

 

 

  リコだけを・・・ ずっと、ずっと・・・


  死ぬまで・・・ 死んでも、

  

 

  ・・・ゼッタイに幸せにするって、誓うよ・・・?』

 

 

 

すると、そのストレートな言葉にリコが目を伏せて寂しげに微笑む。

ひとつ瞬きした瞬間、リコの瞳から大粒の涙がまた伝い落ちた。

  

 

 

 『それでも・・・

 

 

  ・・・やっぱり、


  アイツが・・・ 好き、なんだよな・・・?』

 

 

 

そのタケの言葉に、リコが笑って頷いた。


それは迷いなどひとつもない凛とした笑顔であまりに美しくて、タケは思わず

目を逸らしてしまった。

リコの頬は、微笑みながらも涙はとどまることを知らない。

 

  

  

 『今まで通り、仲間でいられるよな?』

 

 

 

タケの柔らかい声色に、『もちろんよ!』 リコは眩しいほど微笑んで返す。

 

 

二人はかたい握手を交わした。


その瞬間、もう卑屈で弱いタケの面影は無かった。

 

  

  

 

 

それから5日後、タケは会社の寮に入るため荷造りをしていた。


実際、身ひとつで家を飛び出していたので、まとめる程の荷物も無い。

小さなカバンにほんの少しの荷物を詰めるタケの背中を、母ハルコが寂しそう

に物言いたげに見つめている。

 

 

支度が整うと、タケはおもむろにハルコの前に正座をして姿勢を正した。

 

 

 

 『短い間でしたが、本当にお世話になりました・・・

 

 

  本当に本当に、ありがとうございました・・・


  ・・・この恩は、一生・・・ なにがあっても、忘れません・・・。』

 

 

 

深々と頭を下げるタケ。


カーペットに額を付けて、中々顔を上げようとはしない。

どれだけ感謝の気持ちを言葉にしたって頭を下げたって、足りない気がした。

 

 

すると、ハルコがタケの傍にひざまずき肩に手を当て頭を上げさせる。

そして、しずしずと上半身を起こしたタケをぎゅっと抱き締めた。

 

 

 

 『いつでも帰ってらっしゃい・・・


  ・・・いつも、ここで待ってるからね・・・。』

 

 

 

ハルコの優しい香りがタケを包み込む。

大好きな大好きなハルコ。


この人の子供に生まれたかった。この人に叱られて褒められて微笑みかけられ

て成長出来たらどんなに幸福だろうと、何度夢見たことだろう。

このぬくもりから離れたくない。ずっと包まれていたい。


しかし、進まなければ。自分の足で、一歩踏み出さなければ。

 

 

ハルコはタケから体を離すと、その手にそっとおにぎりの包みを渡した。

そして、タケの手をしっかり握りながら強くて優しいお日様みたいな笑顔でハ

ルコは言った。

 

 

 

 『あなたは、やっぱり勇敢で強い子になったわね・・・。』

 

 

 

タケが言葉を失くし目を見張ってこぼれんばかりの涙をいっぱいその瞳に溜め、

ハルコを見つめる。


急激に心臓が早鐘を打ち、まるで水中で溺れているように息が出来ない。

 

 

 

 『あの時から、タケ君は全然変わってないわよ・・・。』

 

 

 

ハルコは最初からタケに気付いていたのだった。

 

 

中学当時、タケがはじめてリコの家に遊びに行った時、『こんにちは』 と言

い掛けてやめ、『はじめまして。』 と挨拶した際、ハルコはニコっと微笑み

『こんにちは。』 と返していた。ハルコが『はじめまして』と返さなかった

のは、初顔合わせではない事をちゃんと気付いていたから・・・

 

 

タケが下を向き、声を殺して泣く。


たくましくなったはずの大きな肩がブルブルと震える。

正座する膝に、涙の雫が幾粒も幾粒も夕立のようにこぼれ落ちた。

 

  

 

 『いっぱい、いっぱい・・・


  ・・・あり、がとう・・・ ご、ざい・・・ました・・・。』

 

 

 

最後のそれはあまりに切れ切れで拙くて、塩辛い味がした。 

 

 

 

 

 

 

夕暮れの坂道を下ってゆくタケに、リコはいつまでも手を振り見送る。


すると、タケが足を止め振り返り遠くから真っ直ぐリコを見つめた。

一度俯いて足元を見眇めると、突然ブンブンと頭を振り邪念を追い払う。

 

 

タケは大きく大きく胸に息を吸い、ゆっくり吐いた。


そして、リコに向かって大きく叫んだ。

 

  

 

 『あれは、アイツだよ・・・ 僕じゃない。』

  

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。