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■第116話 タケの告白


 

 

 『僕の名前、


  ”岳 ”って書くから ”タケ ”って呼ばれてるけど、


  本当は ”マナブ ”だってこと、よく忘れられるんだよなぁ~。』

 

 

 

タケが可笑しそうに肩をすくめて小さく笑う。

まっすぐリコを見つめる目はなんだか哀しいくらいに穏やかなそれ。

 

 

 

 『その運動会の当時は、今と苗字も違った・・・

 

 

  それにたった3ヶ月しかあの学校にはいなかったし


  学校に馴染めずに休みがちだったから・・・

 

 

  ・・・覚えてないのは、当然なんだけど・・・。』

 

 

 

リコを見て寂しそうに微笑む、タケ。


その笑顔に、なんだか急にリコの胸はザワザワと騒ぎ出した。

 

 

 

 『あの時、


  お母さんに ”友達がお弁当ないから ”って


  言ってくれたのは・・・ リコなんだよ・・・。』

 

 

 

そう言って泣き出しそうに顔を歪めたタケを、リコは呆然と見つめていた。

言葉を失くし、一歩も動けずにその場に立ち尽くす。

 

 

当時の薄れた思い出を、必死に頭の奥の奥から呼び起こす。

頭の中で、遠く幼い記憶が猛スピードで駆け巡る。

 

 

 

  5年生・・・


  同じクラスにやってきた転校生・・・


  小さくて細くてまるで低学年くらいにしか見えない黒いランドセル・・・ 


  少し汚れた半ズボン・・・


  腕の擦り傷・・・


  寂しそうな諦めたような仄暗い瞳・・・


  運動会・・・


  マナブという名前・・・

 

 

 

  マナブ・・・


  マナブ・・・・・・?

 

 

 

 『私の・・・ 斜め、後ろの・・・ 席・・・・・・?』

 

 

 

朧げに浮かんできた記憶の断片を繋ぎ合わせ眉根をひそめるリコに、タケが言う。

 

 

 

 『そう。


  僕はリコの斜め後ろに座ってた・・・

 

 

  リコは ”おはよう ”って笑ってくれた・・・

 

 

  僕に、


  他のクラスメイトと同じように接してくれた、


  たった一人の・・・ 唯一の人だった・・・・・・。』

 

 

 

リコは目を見張ったまま動けないでいた。


あの時の、小さくて常になにかに怯えているような少年が、今目の前にいるタケ

だったなんて想像だにしていなかったし、何より今の今まであの少年のことなど

思い出しもしなかったのだから。

 

 

 

 『中学で一緒になった時、僕はすぐリコだって分かったんだ・・・

 

 

  でも当時と苗字も違うし、背も伸びたし、声だって低くなって


  リコは、全然僕だってことに気付かなくって。

 

 

  それでも良かった・・・


  ナチとも仲良くなれて、いっつも一緒に笑っていられて、


  ほんとに、嬉しかったんだ・・・

  

 

  それに、また ”お母さん ”に会えた・・・


  僕を ”勇敢な子 ”だと褒めてくれた、あのお母さんに・・・。』

 

 

 

タケの瞳にみるみるうちに涙が込み上げ揺れている。


あの日の少年は自分だと気付いてほしくて、しかしあの情けない姿を思い出され

たくないという思いもあって、随分歯がゆい時間を過ごして来た。

 

 

最後の最後に、きちんとリコに全てを伝えようと心に決めていた。


全て、を・・・

  

 

 

 

涙で揺らぐ目で真っ直ぐリコを見つめて、タケはひとつ大きく息をつく。

緊張で喉の奥がつかえて苦しくて、巧く言葉に出来るか不安が込み上げる。


しかし、覚悟を決めるとタケはゆっくりゆっくり話し始めた。

 

  

 

 『僕は・・・


  リコに、謝らなきゃいけない事があるんだ・・・

 

 

  1年くらい前、


  どうしてもどうしてもリコに逢いたくなって、


  夜に家を抜け出して、リコの家の前まで来たことがあるんだ・・・

 

 

  ただ家の前でリコの部屋の灯りを眺めて帰ろうと思ってた。


  離れててもちゃんといつもリコがここにいるって、確かめられればって。

 

 

  だけど、リコが急に玄関飛び出して出て来て、


  僕、凄いビックリして・・・

 

 

  ・・・そうしたら、どうしてもリコに声を掛けたくなって


  リコの顔・・・ 笑う顔が見たくなっちゃって・・・


  リコの声が・・・ 聞きたくなっちゃって・・・

 

 

  ただ・・・ ただ、肩を叩こうと・・・


  ・・・近寄った、 つもり、が・・・・・・・・・・

 

 

  ・・・リコを、 リコを、驚かせてしまった・・・・・・・・・・・。』

 

  

 

リコは思ってもいなかった告白に、何も言えずに立ち尽くす。


驚きすぎて、呼吸さえ忘れて。

ただただ目を見張り、体の横で垂れた手はまるで人形のように力無いそれで。

 

 


 『ケガを・・・させるつもり、 なんて・・・


  ほんとに・・・ ほんとに、無かったんだ・・・

 

 

  ただ、リコに逢いたかっただけだったんだ・・・


  一目だけ、でも・・・


  ・・・たった一瞬、でも・・・

 

 

  ただ・・・ リコに、


  リコに・・・ 逢いたかった・・・

 

 

  リコの顔見れたら・・・ また、ひとりでも頑張れると思ったから・・・

 

 

  ごめん・・・ 本当に、ごめん・・・・・・・・・・・・・・・・。』

 

  

 

タケの頬に、幾筋もの涙が伝い落ちた。

 

 

 


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