■第115話 タケの旅立ち
『採用になった!
今、採用通知が来た・・・ 採用されたよっ!!』
タケがリビングに凄い勢いで飛び込んで来た。
興奮気味なその手には、ギュっとひしゃげた封書が握り締められている。
頬は高揚し目は潤んで、その口元は ”信じられない ”とばかりにワナワナと
震えて。
ふと我に返ると、リコ達に一番に見せたかった採用通知があまりに強く握り締
めすぎシワクチャになっていることに気付き、慌てて広げてシワを伸ばす。
そのタケの勢いに驚きたじろぎながら、リコと母ハルコは同時に立ち上がり、
タケに抱き付き三人で喜び合った。
『・・・で? ど、どこの会社なの??』
ハルコが詳細を急かす。
嬉しくて嬉しくてその顔は真っ赤に染まり、涙の雫が下まつ毛にギリギリの所
で留まっている。目を見張っているけれど、一度でも瞬きしたらその雫はすぐ
にでも頬を伝うだろう。
タケはそんなハルコをじっと見つめると、小さく切なげに目を伏せ呟いた。
『・・・隣町の、自動車工場なんだ。』
”隣町 ”と聞き、ハルコは胸の前でパチンと手の平を打ち目を細める。
『それならウチから電車ですぐじゃない! 通いやすいわね!!』と大喜びし
もうその頭の中ではかなり気が早く、仕事へ向かうタケへ作って持たせる弁当
のことを考え、今日にでも大き目の弁当箱を買いに行こうと胸は高鳴っていた。
すると、タケが少し寂しげに笑って首を横に振った。
『寮がある会社を選んだんだ・・・
・・・寮に入るよ、僕・・・。』
その一言にリコも母ハルコも言葉を失う。 『・・・ぇ?』
この瞬間までは飛び上がりそうに喜んで幸せそうに上がっていた口角が、一瞬
にして真顔に戻りそして静かに哀しそうに沈む。
タケは、寮に入るなんてこと一言も言っていなかったのだ。
『だって、いつまでも迷惑かけらんないよ・・・
僕もちゃんと自立しなきゃ。
一人でやってくのが自立の第一歩だろ・・・?』
ハルコはあからさまに落胆し、訴えるような目でタケを見つめる。
タケのことを、本当に息子のように大切に思っていた。あまり言葉にはしない
ようにしていたが、本当はタケが心配で心配で仕方がなかった。
仕事を決めたところですぐ一人暮らしなんて出来る訳はないから、まだ暫くの
間は下宿を続けてくれるだろうと信じて疑っていなかったのだ。
寂しがって落ち込むハルコは肉付きのよい背中をしょんぼりと丸め、まるで子
供のように俯く。そんな母の姿は今まで見たことがなくて、リコは慌ててその
背中を優しく優しくさすりながら、慰めるようにハルコを説く。
『隣町でしょ?
電車ですぐだもん・・・ 寂しくなんかないよ!
タケも、お休みの日はウチに帰って来てくれるよね??』
なるべく明るく、落ち込んでなどいない声色で言うリコの言葉に、タケは満面
の笑みで胸を張って答える。
『来るなって言われても押しかけるよ。』
そう言ってハルコの肩を優しく撫でたタケは、本当は泣き出してしまいそうな
顔を隠し横を向いて必死にそれを見られないようにしていた。
夕暮れ。タケはリコを散歩に誘った。
夕飯前の橙色の街は優しい夕餉のにおいが家々から流れ、なんだか穏やかな気
持ちになり自然と頬が緩む。
二人はのんびり歩きながら、いつものお寺の境内へ向かっていた。
たった数週間の同居だったけれど、もっともっと長い時間一緒にいたように感
じる。ほんの少しの間だが、いい思い出が出来たことをリコは嬉しく思ってい
た。そして、これからだっていい関係を築いていけると確信していた。
やって来たお寺の境内には人影もなく、タケとリコの二人しかいない。
陽が暮れかけ、空気がピンと張り詰めたような冷たい風が頬を過ぎてゆく。
すると暫く口を閉ざしていたタケが、静かに静かに話し始めた。
『・・・僕。
子供の頃、母さんの色んな事情のお陰で何度も転校したんだ・・・。』
タケが見晴らしのよい丘の上からの街並をまっすぐ眺めながら、呟く。
『もう、転校ばっかでさ・・・
中々友達も出来なくて、出来てもすぐにサヨナラだし
学校なんか大っ嫌いだった・・・。』
リコは黙って聞いていた。
タケの声色がどこかかすかに震えている気がしたが、視線は真っ直ぐ前の街並に
向けたままで。
『小学5年の時に転入したある学校で、転校早々に運動会があったんだ。
友達は一人もいないし、なんの練習にも参加できてないのにさ・・・
それでなくても、そんな運動会いきたくないっていうのに
当日、母さんすら来てくれなくて・・・
・・・ひとりぼっちで、弁当も無い最悪な状況で・・・。』
『・・・前に言ってた話だよね?』 リコがそっとタケを見つめる。
何度聞いても胸が痛む。その時の幼いタケを思うと胸が詰まる思いがして苦しげ
にリコはそっと瞬きを繰り返した。
コクリと頷き、タケが小さく微笑む。
『そう。 この話には続きがあるんだ・・・。』
タケがリコを真っ直ぐ見つめた・・・




