■第109話 兄妹
『タケ~
・・・昨日、私に電話くれた~?』
ナチは怪訝そうな顔で自分のケータイ画面を指先でタップして確認しながら、
タケの傍に近寄って行った。指先でスススとスライドして上下に行ったり来た
りするも、何度確認してもタケからの着信履歴は見付けられなかった。
先程まで穏やかな顔を向けていたタケが、一瞬能面のような真顔になる。
そしてすぐさま困ったように笑いながら、再び穏やかな表情で言った。
『あぁ・・・
昨日リコと遠出するのに誘おうと思ったんだけど、
なんか繋がらなかったからさ・・・
きっとリュータさんとデートでもしてるんだろうなぁ~って思ってた。』
スラスラと流暢に流れるタケのその言葉を聞いて、ナチは安心したように笑う。
『なんだ、そうゆう事かぁ~。』
そしてリコとの遠出話に羨ましがり、子供のように不貞腐れてジタバタと足掻い
たナチ。タケも愉しそうに昨日の遠出の件を話し、すっかり話題はそれへとシフ
トしていった。
しかし、隣で話を聞いていたリュータは冷静にタケを見つめていた。
するとタケがナチに上機嫌に話を聞かせていたその一瞬リュータと目が合った。
タケはほんの少し嘲笑するような色をその頬に作って、冷たく目を逸らした。
リコとコースケは保育園の遊戯室中央に模造紙を広げて、二人でイラストを描
き始めていた。
休日のそこは園児の賑やかな声も響かないため静かでなんだか寂しげなそれ。
嬉しそうに紙の上を走らせるリコの鉛筆の音が小気味よく響くだけのそこで、
コースケは一瞬後ろを振り返り、タケがここから少し離れた壁側の場所にナチ
たちと座っている事を確認する。
そして、コースケは小さな小さな声でリコに訊いてみた。
『最近、なんか変わったことない?』
リコは『えっ?』と聞き返す。
模造紙に覆いかぶさるように夢中になって描いていたその下を向いていた顔が
意味不明なその一言に不思議そうにコースケを真っ直ぐ捉える。
コースケは ”タケに気をつけろ ”と言いたい気持ちをぐっと堪え、適当な言
葉を探すもなんて言ったらいいのか分からずに、結局は『何かあったらすぐ言
うんだよ。』と、それだけ念を押した。
リコにはさっぱり意味が分からなかったが、そんなコースケの言葉は嬉しくな
いはずがなく、『ぅ、うん・・・。』とはにかんで頷いた。
しゃがみ込んで床の上で絵筆を走らせるリコを、タケは少し離れた所で黙って
見ていた。
夢中になって描いている凛とした横顔。
またあの調子の外れた歌を小さく口ずさんでいるのだろうか。薄くて形のよい
ピンク色の唇がわずかに動いている。
あのコースケがリコのすぐ隣で同じように鉛筆を握っていることに嫌悪感は募
るも、目の前で監視できるこの状況ならばまだマシに思えた。
すると、ふと視線を流した先にリコのシャツの背中の裾が少しめくれ上がって
いる事に気付いたタケ。
『めくれてるじゃないか・・・。』
タケが慌てて駆け寄り、しゃがみ込んでリコのシャツの裾を軽く引っ張り身な
りを正す。
突然引っ張られた感覚にリコが少し驚いて、慌ててアタフタと自分でもそれを
直す。恥ずかしそうに眉根をひそめ、照れ隠しのように耳に髪の毛をかけて。
それを離れて見ていたナチが、隣に座るリュータにポツリと言った。
『昔から、ああなの。
タケは、いっつもああやってリコの世話焼いてた。
・・・兄妹、みたいにね・・・。』
リュータは『へぇ~。』と軽く相槌を打つ。
心の中では ”兄妹? ”というクエッションマークが浮かぶも、それはナチ
には言葉にしなかった。
『そう言えば・・・
リコの事を好きだって噂が立つ人は、
なんか知らないけど、ケガしたりしてさ・・・
”サゲマン ”とか、一時期言われてたことあるんだよ、リコ!』
ナチが懐かしそうに思い出して、吹き出し笑う。『バっカバカしい~!』
一度思い出したら次々と関連する思い出が甦り、ナチは中学の頃を愛おしむ
ように遠い目をして何処ともなく見つめ、続ける。
『それに・・・
リコが、ちょっといいなー。とか思う人も、
な~んか気が付けば疎遠になるっていうかぁ・・・
うまくいかない、ってゆうかぁ・・・
・・・なんなんだろうね?
男運ないのかなぁ~、リコって・・・。』
黙ってナチの話を聞いていたリュータの顔色が、少し変わった瞬間だった。




