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■第107話 対峙


 

 

コースケはケータイを片手で握り、その画面をじっと見つめていた。


かと思うと、なんだか納得いかないような面持ちで指先でポチポチとボタンを

押しなにか確認している。そして再び、画面に穴があくほど見眇める。

 

 

 

 『んぁ? どした~??』

 

 

 

コースケの狭い部屋で、ベッドに背をあずけフローリングに直座りするリュータ

がその姿を不思議そうに見ている。膝の上に乗っている愛猫あおいの喉を指先で

撫でながら。あおいは満足気にゴロゴロと喉を鳴らして目を細める。

 

 

勉強机のキャスター付き椅子に背中を丸めて腰掛けるコースケが、腑に落ちない

様子で首を傾げながら、イスをリュータの方へくるり回転させて言った。キャス

ターが軋む音が小さく響き、それと同時に正面に見えたコースケの顔はやはり横

顔と同じ、なにか納得いかないそれ。

 

 

 

 『リコちゃんにさ、メールしたんだけど・・・


  ・・・返事が、こないんだよな・・・。』

 

 

 

リコは几帳面な性格なので、来たメールに返信しないなんて事は今まで一度も

無かった。すぐに返信できない事情がある時は、 ”後で連絡しますね ”と、

律儀にそんな一文を取り敢えず送信してくるくらいキッチリしているのだから。

 

 

コースケとリュータがなんとなく顔を見合わせる。


そして同じ事を言い掛けようとしているような、頬を歪めた互いの苦い表情に

『まさかな?』と同時に呟いた。

 

 

 

  (なんだろう・・・


   なんか、嫌な予感がする・・・。)

 

 

 

コースケはどうしても釈然とせずモヤモヤ感がくすぶって、他の何も手が付か

ない。もう何度確認したか分からない ”新着メール問合せ ”を、往生際悪く

再び問い合わせる。


しかし結果はやはり ”新着メール0件 ”の表示に、思い切ってリコに電話し

てみる事にした。耳に当てたケータイがひんやり冷たい。自分の耳が異様に熱

くなっていたことに、ケータイのその感触で初めて気付く。


しかしまだ夜10時前だっていうのに、コースケの耳にはコール音が延々響く

ばかりで、リコが電話に出る気配はない。

 

 

 

 『寝るにしては早いだろ・・・。』

 

 

 

眉根をひそめ真剣にブツブツと呟くと無性に気になって仕方なくて、コースケ

はナチにも連絡をしてみた。

すると、ナチも今日一日リコから電話もラインもなかったと言う。

 

 

コースケのケータイを握る手に、思わずぎゅっと力が入る。

以前、暗い坂道でリコが暴漢に遭ったあの時の不安と恐怖が甦った。

 

 

 

  (なんかあったんじゃないのか・・・。)

 

 

 

コースケは乱暴にハンガーから上着をはずし、慌ててそれに片腕ずつ突っ込み着

込むと『ちょっと様子見てくる。』と、血相変えて部屋を飛び出して行った。


大急ぎで階段を駆け下りるその足音が段々遠く小さくなり、バタンと乱雑に玄関

ドアが開閉しコースケがリコの元へと駆けて行った音を、リュータは一人取り残

されたコースケの部屋で聴いていた。

 

 

 

 『充~ぅ分、気になってるくせに・・・


  ・・・ニっブい男だねぇ~、まったく。』

 

 

 

膝の上で丸まって眠る愛猫あおいの柔らかい背中を撫でながら、リュータは嬉し

そうに可笑しくて堪らなそうに肩をすくめて笑っていた。

 

  

 

 

 

もう暗くて車の走行量も少なくなったバス通りの道を、コースケは目を眇め必死

に腕を大きく振って走りリコの家へ向かう。


リコに何かあったんじゃないかという疑念がどうしても頭から離れず、居ても立

ってもいられなかった。タケが現れるまでは、そんな風に思うことなんか無かっ

たのに。タケの、あの冷酷な目を思い出す。コースケを睨み付けるそれなど別に

気にはしないけれど、歪んた形でそれがリコに影響を及ぼしていないだろうかと

そればかりが頭をかすめた。

 

 

コースケは長い上り坂を一度も休まず、駆け上がった。


そして花の鉢植えが溢れるリコの自宅の明かりが見えると、更に大きく脚を踏み

出し蹴り上げて玄関先へと滑り込んだ。 

 

 

 

  ピンポーン・・・

 

 

 

腰を曲げ膝に手を置いて、ゼェゼェと爆発しそうな呼吸を必死に整えながらドア

チャイムを鳴らす。それを押す指先は、かすかに震えていた。


額には汗が滲み、顔は真っ赤になって。猛烈に走り続けた脚のふくらはぎが痙攣

しそうに張って熱を持っているのが分かる。

 

 

すると玄関ドアの向こうに人の気配があり、静かに少しだけ開けられたドアの向

こうにタケの姿が現れた。

 

 

 

 『・・・なんですか? こんな時間に。』

  

 

 

タケは不機嫌そうに片頬を歪め、目を眇めて冷たく言い放つ。

熱を感じないその空虚な目は、必死に走って来たのであろうコースケのその荒い

息遣いをバカにするように鼻で嗤った。


まだ苦しそうに息切れしたまま、肩を大きく上下してむせて咳をしながらもコー

スケが真剣な面持ちで訊ねる。

 

 

 

 『リ、リコちゃんは・・・?』

 

 

 

その一言にタケは嘲笑した。


わざわざこんな時間に馬鹿みたいに走って訪ねて来たかと思ったら、口から出た

第一声が ”リコ ”だった事に呆れ果て、そして怒りにも似たそれに変わる。

 

 

 

  (なんなんだよ、コイツ・・・。)

 

 

 

『寝てますけど。』 それだけ素っ気なく言うと、タケはあからさまに目を逸ら

しドアを閉めようとした。


すると、閉まりかけたドアを瞬時に手で押さえ、コースケが強い口調で言った。

 

 

 

 『・・・リコちゃんに何かしてないだろうな?』

 

 

 

その切羽詰まったような低く真剣な声色に、タケはコースケを鋭く睨む。


閉めかけたドアの隙間から、暫し身の毛がよだつような冷酷な視線を向け続ける

とドアを開けて静かに玄関ポーチへと出て来たタケ。

 

 

コースケがすがるような願うような熱を持つ口調で、もう一度タケに訊いた。

 

 

 

 『リコちゃんに・・・ 何もしてないよな・・・?』

 

 

 

すると、タケは軽く前屈みになり手の甲で口元を隠すようにして鼻で笑った。


それはやけに耳の奥に残る神経を逆なでする嫌な笑い声で、今までのそれより更

に鋭い目つきの非情な表情を向けて。

 

 

 

 『っつうか。

 

  ・・・アンタ、誰だよ?


  なんの権利があってそんな事ゆってんだ??』

 

 

 『権利とか、そうゆう問題じゃないだろ・・・


  ・・・ただ俺は、リコちゃんが心配な・・』

 

 

 

言い掛けたそれを遮り、コースケの胸倉をタケが勢いよく掴み上げた。


コースケより少し背が低いタケだが、顎の真下で上着を握り締めるその拳は力が

入り過ぎて白んで震えている。

突然のそれに目を白黒させながら、苦しげに顔を歪め必死にもがいてそれから逃

れようとするコースケに、タケは低く唸るように言った。

 

 

 

 『思わせぶりな態度取ってんじゃねぇよ。


  どうせ、リコに好かれてる状況をただ楽しんでるだけなんだろっ?!

 

 

  リコを・・・


  ・・・僕のリコを、これ以上馬鹿にすんじゃねぇよ・・・。』

 

 

 


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