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■第106話 幼少時代


 

 

  ◆From:コーチャン先生


  ◆Title:頼みがあるんだけど


  ◆リコちゃん、明日って時間ある?


   ちょっとイラストの事で頼みがあるんだ。

 

  

 

遠出から帰ったリコとタケは、自転車で長距離走行してぐったり疲れてい

た。もう夕刻になっていた為、玄関ドアを開けた途端に夕飯のいい匂いが

流れ、帰宅した安心感と共にドっと一気に疲れが出る。


”ただいま ”の挨拶もそこそこに、リコはリビングに荷物を放り出した

まま怠そうに足を引き摺って浴室に向かった。

 

 

タケはまっすぐキッチンに向かい、母ハルコの隣に立つ。


今日の自転車での遠出について嬉しそうに身振り手振りを付けてハルコに

話して聞かせる姿は、まるで母と息子にしか見えない。

ハルコも微笑んで相槌を打ちながらタケの横顔をそっと見つめ、包丁で玉

ねぎをみじん切りにした。

 

 

二人で和やかに話をしながら、タケは率先して夕飯の支度を手伝っていた。


ハルコに頼まれた茶碗や皿を食器棚から出し、食卓テーブルへ運ぼうとし

たところ、リビングのローテーブルの上でリコのケータイが点滅している

事に気付いたタケ。

 

 

両手に持っていた皿を食卓テーブルに置くと、さり気なくリビングに移動

しリコのケ-タイを手に取る。その点滅がメール受信のそれだということ

はすぐ分かった。タケはそれを感情のない空虚な目で黙って見下ろしてい

た。誰からのメールからは、何故か直感的に分かる。


そっとリビングを抜けて廊下に出ると、ケータイ画面をタップして受信し

たメールを開く。そこに表示された送信者名に思わず舌打ちが出る。

思った通り、それはコースケからのメールだった。

 

 

 

 『迷惑なんだよ・・・。』

 

 

 

そう小さく呟くと、削除ボタンを押して一瞬の迷いも見せずにメールを消去

した。薄暗い廊下でケータイ画面からのわずかな光に照らされるタケの顔は、

ゾっとするくらいに冷たい目で嗤っていた。


そして何も無かったようにリビングに戻ると、ローテーブルの上にリコの

ケータイを戻した。

 

 

リコがお風呂から上がったのを待って、次にタケが浴室へ向かう。

リコとすれ違いざま、タケは嬉しそうに鼻歌を歌って上機嫌な様子だった。

 

  

 

長距離走行でクタクタに疲れたリコは、夕飯後に早目に自室へ戻って行っ

た。しかしタケは弟リクと今夜もゲームをして遊び、その後は母ハルコと

お茶を飲んで世間話も付き合った。

 

 

 

 『・・・タケ君? 無理してるんじゃない?』

 

 

 

ハルコが気を遣い頑張りすぎるタケを心配して顔を覗き込む。


空になったハルコの湯呑に、すかさずにおかわりのお茶を淹れようと手を

伸ばしていたタケが大きく首を横に振った。

 

 

『今が一番幸せなんだ。』 かみ締めるように呟いたその声色は、泣いて

いるみたいに震えてこぼれる。

 

 

 

 『子供の頃からあんまりこうゆう家庭っぽい感じとか、


  ある生活じゃなかったから・・・

 

 

  本当に今、幸せで・・・

 

 

  ・・・なんか、全部夢なんじゃないかって思うくらいで・・・。』

 

 

 

俯いて両手で湯呑を包み、泣きそうになるのを必死に堪えるタケの喉元は

強張って筋が浮き上がっている。


そんなタケを少し哀しそうにハルコは見つめると、小さく微笑んで言った。

 

 

  

 『あなたは、とっても強い子ね・・・。』

 

 

  

タケがその言葉を聞いて、俯いた。


ぎゅっと目をつぶり、奥歯を噛み締める。すっかり男っぽくなったはずの肩

がまるで子供のそれのように小さく震えていた。

 

 

 

  

 

タケは子供の頃のことを思い出していた。


母親のお陰で転校ばかり繰り返していた小学校時代。

苗字だって何度変わった事だろう。何度転校したかも分からない程だった。

 

 

小学5年の時、その街の小学校に3ヶ月だけ通っていた。


転入してすぐ運動会でまだ友達すらままならないのに、母親は運動会には

来ずグラウンドでみんなが家族仲良くお弁当を食べる姿を、体育館の窓か

ら一人見つめていたタケ。

 

 

そこへ、おにぎりをくれたとある母親。

その母親の娘は、同じクラスの斜め前の席に座るとても優しい子だった。

  

  

  

リコ、という名の子だった・・・

 

 

 


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