■第105話 お弁当
『リコは、コースケさん達が今は一番なんだろ?』
タケがまるで感情が読み取れない能面のような真顔でリコに訊いた。
少し背中を丸めてベンチに並んで腰掛け、膝の上に置いた拳を苛ついたように
落ち着きなくトントンとバウンドさせて。
『ぃ、一番も二番もないよ・・・。』と、困り顔で笑うリコのその返事にも、
タケは首を左右に振り一笑に付すだけで、その全身からはなんだか近寄りがたい
冷淡な空気が溢れている。
すると、暫く黙っていたタケが丸めた背中を更に深く曲げ頭を下げて謝った。
『ご、ごめん・・・
なんか・・・ 僕だけあの頃のままで止まってて。
・・・でもリコ達は、別の・・・
僕の、知らないトコに。 進んじゃってるような、気がして・・・
この間から僕、なんか変だったよな?
ほんと、ごめん・・・ ごめんな・・・。』
膝の上で両の指を組み、居場所無げに目を伏せるタケ。
なんだか迷子の子供のようなその視線に、リコは胸の奥がきゅうっと痛んだ。
色々なことが巧くいかずに、傷つき、逃げるように自分達がいるこの街に戻って
来たタケの気持ちをもっと汲んで思い遣るべきだったと、リコは内心反省する。
いまだ頭を下げ続けるタケに、リコはそっとその肩に手を当ててそれをやめさせ
ると、『タケも、大事な大事な友達に決まってるじゃないっ!』と少し涙ぐんで
微笑んだ。
それから二人はなにも話さずにいた。
黙ってベンチに並んで腰掛け、リコはスケッチをしタケはそれをただ隣で見てい
た。先程タケの本音を聞けたことで、リコの中にあった小さなわだかまりが消え
あの頃のように心休まる友人だと再確認出来ていた。ホッとするリコから思わず
ご機嫌な鼻歌が出る。それはどこか調子がはずれていて、タケはニヤけそうな頬
を必死にいなしていた。
暫く夢中になってスケッチブックに向かい、昼になって一旦手を止めて弁当を広
げた二人。
今までずっと家事をしてきたタケが作った弁当は、とても上手でリコはただただ
驚くばかりだった。然程、手間ヒマかけた訳でもないのにタケのそれは彩豊かで
四角い弁当箱に美しく並び、握ったおにぎりも売り物のようにきちんと三角で。
リコが担当した玉子焼きは、砂糖を入れすぎたようで少し焦げて形悪くくたびれ
て見えた。
『あぁ・・・ もぉ・・・。 失敗だ。』
割り箸で玉子焼きを持ち上げ、明らかに焦げて失敗作なそれにリコがしょんぼり
とうな垂れると、タケが可笑しそうに笑う。『玉子焼きは甘い方がいいんだよ。』
そして見る見るうちにパクパクと口に入れ、弁当箱のおかずの中でいち早く玉子
焼きが消えて無くなった。困った顔をして視線を向けるリコに、優しく微笑んで
『美味しいよ。』と安心するまで何度も繰り返した。
『小学校の時の運動会でさ~・・・
母さん、その日も来てくんなくて。
もちろん、弁当なんか無くってさ。
500円玉一枚渡されただけで・・・
僕、一人で体育館の隅っこで泣きそうなの我慢してしゃがんでたら、
あるお母さんが、僕におにぎりくれたんだ・・・
”あなたはとっても勇敢で強い子になるわ ”って言って。
そのお母さんの娘も、おんなじように強くて優しい子でさ・・・。』
タケが弁当のおかずを摘む手を止め、遠い目をして少し寂しそうに呟いた。
その時、リコの脳裏に先日のナチと三人の時の会話が浮かぶ。
『もしかして・・・
・・・ずっと好きな子、って・・・?』
リコの問い掛けに、タケが照れくさそうに頬を緩めコクリと頷いた。
”その子 ”を思い出しているのか、かすかに染まった頬は嬉しそうにしかし
どこか寂しそうに緩んでいる。
正直、リコは内心ホっとしていた。
タケとは中学から一緒なのだ。自意識過剰だったかもしれないが、これでタケが
想う相手は自分ではないと判明した。
今までのように友達として仲良くしていくには、”相手 ”は自分では困るのだ。
『その子とは・・・?
・・・連絡とか、取り合ってないの?』
リコの言葉にタケが首を振って小さく笑った。
それは、諦めているようなそんな乾いた色のない声音で。
『僕のことなんて、きっと覚えてないよ・・・。』
また、リコが恐れるあの目で真っ直ぐ見眇め、タケがぽつりと呟いた。




