■第104話 ふたりきりのピクニック
『リコ~。 明日ちょっと遠出してみない?
ナチにも声掛けて、3人で・・・
リコはスケッチブック持参で行けばいいし、
僕も久しぶりに出掛けたいし・・・。 どう?』
タケからの突然の誘いに、リコが喜んで『いいねっ!!』と賛同した。
胸の前で手の平をパチンと合わせ、嬉しそうに頬を高揚させてまるで子供の様で。
リビングのローテーブル上に置いていたケータイを掴むと、ナチに連絡しようと
画面をタップしかけたリコをタケが優しく制した。
『ナチには僕が連絡しとくよ。
せっかくだから、弁当とか持ってピクニックにしたくない?
おばさんに弁当のおかずになる物あるか訊いてくれない?』
タケの案に大賛成のリコが弾かれたようにキッチンの母の元へ走って行った。
『お母さぁぁああんっ!!』と、声を張って呼び掛けている。リビングとキッチ
ンなんて然程離れてはいないのだから、そんな大声出す必要などないのに。
明朝用のお米を研いでいた母ハルコは、リコのそれに驚いてビクっと体が跳ねた。
そんなリコの分かり易く浮かれた後ろ姿を、タケは満足気に微笑んで見ていた。
『・・・で。 ナチは、なんて?』
弟リクのゲームの相手をし、コントローラーを握り画面に見入っているタケへ
リコがしずしずと訊ねる。ゲームは今一番盛り上がっているところらしく、リク
がその邪魔をする姉へと明らかに不満そうに目を眇める。
すると、タケが至極残念そうに眉根をひそめ言った。
『なんか明日はリュータさんと約束があるみたいだよ。
付き合い悪いよなぁ、ナチも。
友達よりカレシかよ~、まったく・・・
まぁ、幸せそうだから邪魔したくないけどな。』
タケがナチの幸せを心から喜ぶやわらかい笑顔を向ける。
器用になんでもこなすタケは、リコの相手をしながらもその指先は高速でコント
ローラーを操り、弟リクのモンスター狩りの援護を完璧にやってのけていた。
リコも『そっか。 なら仕方ないね。』と肩をすくめて小さく笑う。
そしてゲームの邪魔をしないように、その話題は切り上げてその場から離れた。
翌朝。
上着をしっかり着込み、弁当とスケッチブックを抱えて二人は出発した。
冬でも積もるほど雪が降ることがないこの街では、この季節でも自転車に乗れた。
玄関前でリコが自転車に跨ってタケへと目を遣る。タケは弟リクの自転車を借り、
少し低いサドルを丁度良いそれに調整して跨ると、リコへと親指を立てて準備が
出来た合図を送った。
寒空の下、二人はのんびり自転車のペダルを漕ぎ始めた。
平日昼間の少しゆとりがある国道をゆっくり進むと、大きな公園に着いた。
周りを樹々で覆われた自然が溢れるそこはハイキングにピッタリで、そこを進ん
だ先にある中央の広場は、スケッチするにも弁当を広げるにも最適の場所だった。
公園の入口の駐輪場に自転車を停めると、リュックを背負って奥へ進む二人。
足元の枯れた葉を踏み進む乾いた音が、なんだかやけに耳に心地よい。
背の高い樹々の隙間から陽が差して、少し息が上がったリコの顔を優しく照らす。
途中の足場が悪い荒れた道に差し掛かり、先を歩くタケが振り返ってリコに手を
伸ばす。細く華奢なリコのそれをぎゅっと握って引っ張り上げると、タケはしっ
かりその手を握ったまま、奥へ奥へと進んだ。
『・・・もう大丈夫だよ?』
”手を引いてもらわなくても ”という意味を込め、リコはそう言ったがタケは
手を離そうとはしない。
リコが手を離そうとすればする程、タケは掴んだ手に力を入れる。
そして、当時のことを思い返しているような遠い目をして笑った。
『リコは昔っから、一人じゃ危なっかしいからな~・・・。』
やっと中央の広場に辿り着き、並んでベンチに腰掛けた。
互いにリュックから水筒を出して、持参した温かい紅茶を飲む。
水筒のコップになる蓋部分に口を付けると、白い湯気が立ち込め流れて消える。
平日の昼間なだけあってあまり人がいず閑散としている広場を、紅茶で温まった
白い息を吐いて二人はぼんやり眺めていた。
リコがふと思い出したようにベンチの座面に水筒のコップを置く。そして再びガ
サゴソとリュックに手を差し入れ、その奥からスケッチブックを取り出した。
膝の上に置いて、嬉しそうにその硬い表紙を指先で撫でるリコ。
『見せて!見せて!!』と、タケはリコの絵を見たがり、わざと子供のように脚
をバタバタとバタつかせる。
”見せて ”と改めてねだられるとなんだか照れくさくて、リコはスケッチブック
を胸に抱いてそれを死守しようとした。タケはふざけてリコの脇腹をくすぐった
りしながら、奪い取るようにそれを掴むと勢いよく開いた。
すると、そこには小さな子供が遊ぶ姿が何枚も何枚も描かれていた。
『・・・これ、コーチャン先生の所の園児なの。』
リコが照れくさそうに目を細めて呟いた。
その目の奥はまるで、紙上の大勢の園児を通り越して、ここに描かれてはいない
その人を見ているようなやわらかい眼差しで。
それを真っ直ぐ見つめると、タケが少し真顔になった。
『そんなに、しょっちゅうコースケさんの所に通ってるの?』
タケのどこか少し冷たい口調に、リコの体が瞬時に固くなり息を呑む。
この声色は、先日のタケの睨むような視線を思い出させるそれだった。
俯いて少し黙りこくるも、顔色を伺うようにタケに弱々しい視線を向けたリコへ
タケが慌てたように即座に謝った。
『ごめん・・・ ちょっとヤキモチ。
あの頃は僕達がいっつも一緒だったのにさ・・・。』




