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セカンド・ギア

前話から2ヶ月半もかかってしまいました。

空いている時間を使って少しずつ書いていきたいと思いますので長い目でお付き合い下さいませ。


いわゆるボーイミーツガール物の作品でございます。

夢見がちなヘタレ高校生・早良さわら 汰郎たろうと、可愛いケド手が付けられない程ジャジャ馬な小学生・祇園ぎおんの 円袴まるこの心温まる物語……になる予定です(汗)

気ままに連載を続ける予定ですので、可能であれば最後までお付き合い頂ければと思います。

この作品を読んで人間が成長する事に、その快感にちょっとでも酔いしれて頂けたら幸いです。


登場人物


早良さわら 汰郎たろう:主人公。並外れて低い身体能力しかないのにボクサーを志す夢見がちで坊ちゃん気質な高校一年生。

祇園ぎおんの 円袴まるこ:小学生の女子。本来は元気で明るい女の子。だが様々な問題を抱えており苦悩が耐えない。美少女。

御木本みきもと まがね:小学校時代からの腐れ縁。中学は別々の学校に進み同じ晴櫻学園に入学して再開を果たす。よく部活の帰りに汰郎と一緒に帰る。

・西山:ボクシング部の同期。落ちこぼれの汰郎を迷惑視して退部させようと色々画策する。

・祇園 信近のぶちか有紗ありさ:円袴のパパ&ママ。昔は仲が良かったが今はすこぶる悪い。円袴の悩みの種の1つ。

颯波さっぱ先輩:ボク部の先輩。高2。人当たりが良い。

六色むついろ 碧ル(へきる):ボク部のマネージャー。高2。エネルギッシュで人望も厚い美人。汰郎の憧れの人。

ジリリリリリリリ。

「う……ん、」

けたたましく鳴り続ける目覚まし時計の音によって夢の世界から現実の世界へ引っ張り戻される。

それは体の反射動作に繋がって、無意識のまま目覚まし時計をバシンッと叩きムクリと起き上がったところでようやく目が覚める。

窓のカーテンの隙間から眩しい朝の日差しが差し込んでいた。

さあ今日も一日の始まりだ。支度支度っと。

制服に着替えて、顔洗って、歯磨いて、バッグの中身をチェックする。

「おれ……今日からまたボク部に参加するんだな」

おれは朝食のトーストをかじりながら昨日の出来事を振り返った。

大好きなボクシングを才能が無いせいで諦めていたのに、なんだかんだあって諦めきれずこうしてまだ続けることになった。

やりたいからやる。才能がないとか関係ない。結局自分の気持ちを貫けるだけの心の強さが足りてなかったんだ。

ここまで来たらホントのホントにギブアップするまでやり抜いてやろう。

それに今度は一人じゃない。小さな巨人が専属コーチに就く事になったのだ。

ぶっちゃけ小学生の女の子にコーチをしてもらうなんて、それ自体がとても屈辱だし恥ずかしい事さ。

周囲の好奇に満ちた視線に果たして耐えることが出来るかハッキリいって自信はない。

それでもおれが円袴をコーチとして受け入れたのは、アイツと一緒なら自分の弱い心としっかりと向き合うことが出来ると思ったからなんだ。アイツが居てくれる事で自分に言い訳を作らせない事が出来るのだ。

それにおれはアイツの前だと頑張れるんだ。アイツを喜ばせてやりたい。そんな気持ちがあった。

「そういえばあの時、」 

部活が終わって帰りの道、円袴が別れ際に聞いてきた“トモダチと妹どっちが嬉しい?”っていう質問。

あれのおれの答えは『妹』かな。

おれ、一人っ子だし。アイツが妹だったら相当手がかかりそうだけど、まあ、そこがイイのかも。

だったらおれはアイツに兄として誇らしいところを見せてやらなければならない。

そう考えたらまた1つ気合が入った。よし、やるぞ!

「いってきまーす!」

昨日家を出た時はあんなに足が重たかったのに、今日の自分の足はなんと軽いこと!

まるで羽毛の様だ。ひょっとしたら空だって飛べるんじゃないだろうか?

今ならなんだって出来そうな気がした。

どんな練習でも喰らいついてってやるゾ!


――そしてあっという間に時間は過ぎ、放課後を迎えた。

教室の外では鉄が待っていた。

「お待たせ!行こっか」

鉄はコクッと頷き、おれたちは部室に向かった。

部室の扉を開ける前に、おれは大きく息を吸い込んだ。

「おはようございますッ!」

胸に吸い込んだ息を全部吐き出すくらい目一杯の声で挨拶した。

「おう!昨日休んだ分、今日はシャカリキで行けよ」

「は、はい!」

先輩達は快く迎えてくれた。思わず感動して胸が熱くなる。

自分は部のお荷物だと思っているので、こんなささいな事がすごく嬉しかった。

と、後ろから「どけよ」とドスの利いた声が聞えた。

西山だった。

ヤツはおれをギロリと睨みつけ、そのまま奥の更衣室へ入っていった。

ドキドキドキ……。

ふう。いい加減ヤツのプレッシャーにも慣れなければいけないな。

平常心。平常心っと。

すると、今度はとても明るい声が飛んできた。

「ちゅーすっ!」

「円袴」

円袴が、ピョンとおれに飛びつく。

「へへー。おっす汰郎!おーっす!みんなー」

部員達も「よく来たなー」と快く返事をしてくれた。

おお、なんだか殺伐とした雰囲気の部室に、明るい活気が生まれたようだ。

円袴は髪をポニーテールに結び、飛咲小の女子用ジャージを着て、肩にスポーツバッグを提げていた。彼女も彼女なりに気合が入ってる事が一目で伺えた。

ただ、彼女はどうやら鬼コーチを演出したいみたいで、背中に竹刀をくくりつけて手には一升瓶のお酒を持っている。ちんちくりんの小学生がそんな格好してもただ微笑ましい感じしかしないのだが。

「心配すんなって。中身は水だからさ」

そういって彼女はニヒヒッと笑いながら一升瓶をラッパ飲みして「美味ぇー」と言ってごっこ遊びを楽しんでいた。

彼女は何故か体中汗でびっしょりだったのでワケを聞くと、

「学校からコッチまで走ってきた」

と言った。

「は?飛咲小から?? 距離にしたら約10kmはあるぞ」

「まーね、丁度いいウォーミングアップになったかな」

彼女は腕を組み、エラそうに、どんなもんだい!といった表情。

「丁度良い……ですか」

まったく。コイツの体力が心底うらやましい。

「汰郎。ソレ、何やってんの?」

円袴はおれの手に巻いてあるものを、まじまじと見た。

「これか?『バンテージ』っていうんだ。拳を傷めないように保護するものなんだよ」

「へ~え」

入部したばかりの頃は先輩に巻いてもらってたけど、最近ようやく一人で巻けるようになってきた。

「よし、これで全員揃ったな。それじゃ、始めるぞ」

部長の八瀬先輩から、本日の練習メニューが告げられた後、ついに練習が始まった。


最初はロープ飛びである。

縄跳びのことだ。最初の練習メニューのくせにこれが非っ常にハードなのだ。

『駆け足飛び』→『二重飛び』→『しゃがみ飛び』というサイクルを10分以上行う。

ちなみに、おれはこれを完遂できたためしがない。

7~8分が限界だった。

しかも入部当初から記録は伸びていないという始末。

だがしかし。今のおれはもう今までのおれじゃない。今回こそ練習を完遂してやるんだ。

バシッバシッと顔を叩き、闘魂注入!

さあレッツトライ!ところが、やっぱり8分を過ぎた辺りでギブアップしてしまった。

「はあっ、はあっ」

「汰郎……うそ……」

円袴はとても信じられないというような呆れた表情で、おれを見ていた。

ほら見たことか。

おれのポンコツっぷりを見くびるなよ。

いいか。おれは、まったく手を抜いてなどいない。

気力・体力共にベストコンディション。

これがおれのベストパフォーマンスなのだ!

……言ってて情けなくなってきた。

「ホ、ホラ汰郎!頑張って!」

円袴は正気に戻るとすぐに元気付けようとおれを励ましてくれた。

その健気さが身に染みる。

だけどその一方で彼女の期待に応えられない自分が情けなくて、悔しくて、なんかドロドロとした感情が渦巻き始めていた。

そこに西山がやってきた。

が、用があるのはおれではなく、円袴の方だった。

「おい、早良妹。昨日はこの俺に向かってデカイ口を叩いてくれたな。ま、この後の練習でもせいぜい思い知るが良いぜ」

「べーっだ!汰郎は今日から超・超!ハイスピードで強くなって、オメーなんかブッ倒してやるんだ!な、汰郎!」

円袴がおれに同意を求めてきた。が、しかし。おれは自分の事で精一杯で何も答えてやることが出来なかった。

「汰郎?」

「え、ああ。わかってる」

なんとか返事を返したが、これが最後だった。これ以上円袴のことも西山のことも相手にしてられない。

自分のポンコツスペックの体と格闘することで精一杯だった。

そんなこんなでなんとか筋トレメニューなどが終わると、今度はいよいよボクシンググロープをはめてリングに上がった。

次の練習は先輩に相手をしてもらいながら、パンチのミット打ち練習だった。

左、右。左、右。と、先輩が構えるミットに向かって何度もパンチを打ち込む。

先輩もただ構えてるだけじゃなく、叱咤を飛ばしてくる。

「テンポ悪いぞ早良!手ェもっと早く動かせ!」

「はい!」

くそ。我ながらなんて遅いパンチだ。辟易する。このポンコツめ。

“もっと動け!”“もっと回せ!”“もっと”“もっと!”“モーターみたいに!!!”

おれは既に燃えるように熱くなっている上腕二頭筋に、さらに負荷をかけようと己の体の筋肉をモーターをイメージしながら腕を振った。 ふうううううううううううううッ!

こ、これならどうだ!?

「さっきと全然変わってないぞ!もっと早く動かせ!」

う、ウソだろ?全然変わってないのかよ。く、くそ~~~ッ!

「手ェ、止めンな!」

「ぶっ!」

動きが鈍るとすかさず先輩のミットが飛んできた。 

ち、畜生!

「はあっ、はあっ、」

ビーッ。

ブザーが鳴った。

高校ボクシングの練習では、実際の試合で行われる1ラウンド=2分という時間に合わせて、様々な練習が2分間という時間で区切られるようになっている。1分の休憩を経て、再び2分間集中して練習をする。

次の練習はシャドーボクシングだった。

けど、おれの腕はもう力が入らず、まともに腕を上げることすらままならなかった。1分のインターバルが終わって、みんな次の練習に移った。しかし、おれは体力が回復するまで、端っこにあるベンチに座って休んだ。

それを見ていた西山が、ニヤニヤ笑っていた。

「くそ、なんでなんだよ」

これだけ想いを込めて練習に打ち込んでも、全く成長の兆しが見えない。

すべては才能……なのか。

どんなに想っても。努力しても。才能のない奴は、何をしてもムダなのか?

なんでみんな、こんなハードな練習について行けるんだろう。今だって肺が破れそうなくらい、こんなに苦しいのに。

なんでみんなは耐えることが出来ているのだろうか?

それともこの程度の練習では、そこまでは苦しくならないのだろうか?

一体どんななんだろう?

みんなが見てる風景って。

自分だけが見ることができない。それが心底悔しくってたまらなかった。

「汰郎」

円袴が心配そうな顔で覗き込んだ。

「……」

おれは何も言えなかった。

やっぱり、こんなことはもうやめよう。

そうさ。

おれがコイツにしてやれることは他にもきっとあるさ。

これ以上オマエにそんな表情をされるのはゴメンだ。

「円袴。もう分かっただろ?これ以上無理して練習に付き合ってくれなくていいぞ。オマエだって正直ガッカリしただろ?おれは大丈夫だから心配すんな。せめてあと1ヶ月必死に練習に食らいついて、西山に一発くらい当てられるようになってみせるよ」

そうだよ。

こんな非生産的な事にこれ以上コイツを付き合わせるわけには行かない。

そもそも誰かを頼りにして、自分を発奮させようなんていう考え方自体が甘かったんだ。

すると円袴が竹刀でおれの頭をバシンッ!と叩いた。

「バカッ!」

「いって!なにすんだよ」

「無理して練習に付き合ってねーし!それにちっともつまんなくない!ち、ちょっとばかりしょっぱ過ぎてビックリしただけだ」

 あの、余計に傷つく言い方だぞ。それ。

「汰郎と一緒にいて楽しいモン!」

そう言った円袴の顔はみるみる紅潮していった。

「ま、円袴……」

「こっちみんな!」

「イテッ!」

今度は思いっきり平手打ちされた。

すると円袴は自分のスポーツバッグを持ってきた。

「安心しろ汰郎!今から『秘密兵器』を使うから!」

「秘密兵器?」

「ちょっと待ってて。ビックリさせたげる!」

そう言うと円袴はそそくさと更衣室に入っていってしまった。

「おれをビックリさせるような秘密兵器……ってなんなんだろう」

もしかして全身バネで出来た“なんちゃら強制ギプス”的なシロモノだろうか?

しかし円袴のことだから一体何を用意してきたのか想像できない。一体何を用意してきたというのだろうか。

そして数分後。円袴が更衣室から出てきた。

「ジャジャーン☆」

その姿を見たおれは、一瞬自分の目を疑ってしまった。

それは他の部員達も同じだった。

だ、だってさあ!

目の前に現れた彼女は、さっきのジャージ姿から一転してなんとコスプレに変わっていたのだ。

その姿はいわゆる世間一般(?)でいうところの……『魔法少女』……か!?。

ピンクと白を基調としたフリッフリ、フワッフワの雲の様な衣装。

頭にはお姫様みたいな金色のティアラ(っぽいもの)を乗っけている。

そして極めつけはとってもマジカルフルなステッキ。

「アナタが汰郎くんね?」

「は?」

汰郎――くん?

「ワタシは愛と勇気と希望の虹の架け橋『マギカ・ベル』!円袴ちゃんから頼まれたの。ワタシが来たからにはもう大丈夫よ。大亀に乗ったつもりで安心してね♪絶対強くしてあげるんだから!」

いや、お前が円袴だろ。

それTVでやってる『魔法少女』モノのアニメのキャラじゃん。

ポーズを決めてドヤ顔してるけど、オリジナルのキャラクターと決定的に身長が足りてないじゃんお前。

あと大亀に乗って一体何を安心しろと?それをいうなら大船だからね。

「ま、円袴。その格好は一体……」

「へへーっ♪どう汰郎?ビックリしただろ。あっイケね、」

おい、“ワタシ今は『マギカ・ベル』だった。正体が円袴だってバレちゃう!”みたいな顔すんな。 

「円袴、今すぐさっきの服に着替えて来い。神聖な部室にそんな格好でいたらつまみ出されるぞ」

案の定、部員達から非難の声が飛んできた。しかしそれは円袴にではなく、なんとおれにだった。

「うおおおいっ!なんだその格好は?早良おまっ!!妹になんて格好させてんだよ!」

「キモ!死ねッ!この真性変態ロリコン兄貴!」

「いぃっ?」

ポンと肩を叩かれて振り向くと顧問の松里先生が言った。

「あー早良。明日、職員室に来い」

「ええ~~~ッ!」

「え?え?なんでなんで?なんで汰郎が怒られてるの???」

円袴にはなんでこんな状況になったのか理解できてないようで、ただおろおろと戸惑っていた。

そんな円袴に、先輩の一人がとても冷静に、諭すように言った。

「早良妹も、早良妹だぞ。その……そういう格好がどこでも通用すると思ってるなら少し考えを改めた方が良いぞ」

「な……な……な……」

こういう指摘を受けたのは、多分これが初めてだったんだろうな。

円袴は顔中真っ赤にして、体をワナワナと震わせていた。

「あー、なんかお前達見てると、テンション下がるわ。しばらくそっちの隅っこで大人しくしててくれ」

「そ、そんな……」

そしておれたちは、人気のないスペースの角隅に追いやられた。

「ウソでしょ……!アタシ、今までこれが世の中で一番イケてる格好だと思ってたのに」

円袴は手で顔を覆い隠し、足をバタバタさせて身悶えていた。こいつ、実はシンデレラ症候群だったのか。

「まー、そーゆーコスプレが大好きな生徒もウチの学校には結構いるみたいだぞ。だからあまり落ち込むなって」

「じゃあ汰郎は?汰郎はアタシのこの格好スキ?」

円袴は羞恥で真っ赤に染まった顔をズイと近づけ、おれを見た。

「いや……えっと、おれコスプレ趣味ないし」

「バカッ!」

う、うるせえ……。

いきなり至近距離で怒鳴られた。ったく、なんなんだよ一体。

と、その時。円袴が目の前で、コスプレ衣装を脱ぎ始めた。

「待て待て待て!何やってんだ。着替えるなら、向こうの更衣室で着替えろ」

「さわるな!このヘンタイ!ロリコン!」

「おい!だからロリコンいうなっつてんだろ。バカ!」

「バカッて言う方がバカだぞ」

「オマエの方がさっきからバカバカ言ってるだろ」

「あーもー!うるさーい!」

「こ、こら落ち着け」

 手がつけられない位暴れる円袴を必死で押さえ付けようと、彼女が握っていたステッキに、手を伸ばした時だった。

まるでスタンガンに打たれたように(そんな経験ないけど)、電撃が走った。

「痛ッ。お、おい。なんだ、ソレ?」

「ふふん」

 円袴はニヤリと笑っった。そしてそのステッキを一振り、二振りした後、ビタッとおれの胸の前で止めた。

「言っただろ。ビックリさせてやるって。だってアタシは本物の『魔法少女』なんだ」

そう言って円袴は、ステッキを握る手に力を込めた。

「行け、『ファクト』!」

え? その時だった。

「ぐああああああああ!」

信じられないことに、円袴が突きつけたステッキが光を発し、目も開けられないくらいに眩しく輝いた。

その光が収束して弾になり、おれに命中した。

「どう、汰郎?」

「……どうって――」

体に痛みはなかった。

だけどどこか変だった。なんだろう。いつもと違う感覚がある。どこの感覚が違うというのか?

落ち着いて、違和感のある部分を探ってみる。

一番ハッキリとわかるのは、疲れがなくなっていることだった。さっきまで苦しかった息がちっとも苦しくない。それだけではない。体のもっと奥の方から、力が湧き上るような感じがした。

「一体……どうなってんだ?」

「『ファクト』を汰郎に送ったんだよ」

「ファクト?」

「あー、説明は後でしてやるから。早く練習に戻れよ。今度はバッチリついていけるようになってるハズだぜ」

「おい、大丈夫か?」

円袴の目がとろーんとして、なんだか眠たそうだった。

「これやるとさ……力使いきって眠くなっちゃうんだ。だから練習終わったら……起こ、し、て……」

「あぶね!」

気を失った円袴が倒れそうになるところを、寸でのところでキャッチした。

ふう。せめて眠る前に説明して欲しかったぜ。

おれの身に起こったこの非現実的な現象について、さ。

ハッキリ言って気持ち悪いし、怖いし、マジで不気味過ぎるだろ。

でも……。

それよりもワクワクが止まらなくて仕方がなかった。

だってさ!

今まで感じたこともない位に力が漲っていて、すぐにも体を動かしたくってウズウズするんだ。

ひょっとしたら、これは夢じゃないだろうか?

ま、すぐにハッキリする……か。

期待と不安がない交ぜになった心境のまま、再びリングに上がった。

次の練習開始のブザーが鳴り、おれはシャドーの構えを取った。

何気ない一発目のジャブで、確信した。

腕が軽い!

まるで羽毛のようだった。

続けて2発、3発と放ってみる。

力を入れたかどうかもわからない位、僅かな加減だったのに、おれの拳はビシュッと空気を裂いた。

ジャブだけではつまらないので、今度はワンツーを打ってみる。

そして続けてステップを踏み、スウェーバックから、ダッキング。そして再びワンツーのコンビネーションを決める!

これだけの動きを他の部員達同様に、的確な動きで涼しい顔をしてこなして見せた。

ははっ。なんだよコレ!

なんてこった。まるで……まるで違うじゃないか!

こんなのおれの体じゃないみたいだ。

しかもボクシングの動きが、おれの体にしっかりと染み付いている!

ジャブを放つ際の基本は二の腕で打つこと。そしてリラックスして物を掴むように放つことだが、その為の正しい姿勢フォームがちゃんとできているのだ。

その後のスウェーバックやダッキング、ワンツーなどのコンビネーションの際の重心の移動の仕方も、理屈じゃなく、体に染みこんだ状態で動けていた。

これが……これがみんなが見ている景色か。

まさに感動だった。

すると今までとは明らかに動きの質が変わったおれを、周りの部員達が信じられないといった表情で見ていることに気付いた。

あの西山までもが。

彼らの中で最も驚いていたのが西山だった。

一瞬だけヤツと目を合わせると、ヤツはプイと顔を背けた。

き、気持ちイイ!

突如覚醒したおれはその日初めて、最後の練習まで付いていくことが出来たのだった。


「どうしたの早良ちゃん?後半、まるで別人みたいだったぜ」

先輩の一人。2年生の颯波さっぱ先輩が背中をバシンと叩いて労ってくれた。

「ありがとうございます」

「いや、マジでビックリしたよ。一体、どんな魔法を使ったの?」

「え、いや。それは……」

実は、本当に魔法でしたなんて言えない。

「っかれっしたー」

西山が早々に部室を出て行った。

「なあ。このまま行けば今度のスパーまでに、ホントに西っちゃんに勝てるかもしれないよ?」

颯波先輩がそう言うと、おれは思わず「そのつもりッス」と答えてしまった。

当然このまま行けるわけないのは、わかっていたつもりなんだけど。今はこの興奮を押さえ込むことはやっぱり難しかった。

「じゃ、もうみんな帰るから、そこで爆睡しちゃってる妹ちゃん起こしてあげな」

「あ、そうだった!」

 おれは気持ち良さそうに寝ている円袴に、申し訳ないと思いつつ声をかけた。

「おーい。円袴ー、起きろー。練習終わったからもう帰るぞー」

「くかー……♪」

「おい」

ダメだこりゃ。いびきに「♪」マークまで付くくらい、ガチ寝だった。

何度か声をかけても、やっぱり起きる気配がなく、仕方がないのでこのままおぶって帰ろうと思った。が、

「おいおい、汰郎ちゃん。妹ちゃんそんな格好のままおぶって帰るつもりなの?」

「え、マズイっすか?」

「帰りの電車ん中で、大注目されちゃうよ」

「あ……」

言われてみれば、その通りだった。

「でも、どうすればいいですか?」

「そんなの着替えさせてやればいいじゃん。汰郎ちゃんは兄貴なんだから」

「え」

おれは絶句してしまった。

いや!そりゃするだろ。だって円袴はホントは妹でも何でもないんだぞ。

「や、で、でも、そりゃマズイですよ」

「んー。ま、どっちでもいーけど。ただ変に注目浴びて、恥ずい思いするのもなんだと思っただけだし」

「ぐ……」

確かにそうだ。それに考えたら円袴は女の子とはいえ、まだ小学生だ。そういえば何年生なのか聞いてなかったな。多分3、4年生くらいだと思うケド。

「わ、わかりました。急いで着替えさせますんで、更衣室、空けてください」

颯波先輩にそう言って、おれは円袴を抱えたまま、更衣室に入った。

その円袴だが、やっぱりまだ爆睡中だった。

まったく。なんでおれが、おまえの着替えをさせなきゃなんないんだよ!

「えっと、これ……どうやって脱がしたらいいんだ?あ、背中にファスナーがついてる」

背中まで覆うドレスの襟をめくると、ファスナーがあった。それを下まで降ろしてみると、なんと円袴の背中がモロ出しになってあらわれた。

こいつ、シャツ着てなかったんか。

おもわず円袴の背中をじっと見る。顔には擦り傷やら切り傷があちこちあるのに、彼女の背中はカラを剥いたばかりのゆでたまごのように、ツルツルツヤツヤで、白くてキレイだった。……ずっと見ているとなんか変な気持ちになりそうだった。

「……イヤダヨ……」

「おわっ!」

円袴が急に何か呟いたので起きたのかと思ってしまった。だがそうではなくただの寝言のようだった。

しかし何を言っているのか分からないので思わず耳をそばだたせてみた。

「父ちゃん……母ちゃん……イヤだよ……アタシを捨てないで……」

おれは円袴の目頭にそっと触れると指が彼女の涙で濡れていた。

「円袴……」

おれは言葉を失ってしまった。

学校でいじめられ、家でも問題を抱えていて……この子は一体どこで心を休めていたんだろう。

なんとなく、彼女がおれにくっつく理由がわかってしまった。

「…………」

おれは円袴の頭を優しく撫でた。

おれは、一体どうすれば良いんだろう。こういうのって児童虐待ってことで警察に訴えれば良いのかな?事情をロクに知らない俺だけど……。

「うーん、」

すげえ判断に困る。

だけど、この子のためにおれがしてあげられることはしてあげなきゃ……。

それにさっきの魔法の事だって詳しく聞きだしたい。あんなの常識では到底考えられない現象だ。

ここまで考えてようやくというかおれは彼女が本当に只者ではないことを実感した。

いや、そんなことは分かっていたけどその想像すら超えてしまったという感じだ。

彼女に対して抱いている感情が感心や好意といった受け入れ易いものだったのに、そこに恐怖や警戒といった近寄りがたい緊張感を伴い始めた瞬間だった。

「とにかく今は早く着替えを済ませなきゃ」

おれは急いで、円袴のバッグから元の服を取り出そうとした。

が、そこでさらに驚愕の事実が発見されてしまった。。

円袴のバッグに仕舞われていた元の服の中に、なんということかまっ白なパンツを見つけてしまったのだ。

「これって……つまり、」

一度円袴を全裸にして、着替えさせなければならないということか!

ヤバイヤバイヤバイヤバイ!

マズイマズイマズイマズイ!

なんだコレ?さっきとは違った意味での緊張感に襲われてるんですケド!

改めて言わせてもらうけれどおれと円袴は兄妹ではない。赤の他人だ。

そのおれが小学生女子を素っ裸にして、着替えさせるというのは本気の本気でアウトじゃないのか?

後で誰かにおれ達が兄妹ではないことがバレたら、強制わいせつ罪ってことで捕まってしまやしないか?

「汰郎ちゃーん、あとどれくらいかかるー?」

颯波先輩の声だ。

「も、もうすぐ!もうすぐ終わりますから!」

残された時間は少ない。

考えているヒマなどなかった。

もうしかたない。こうなったら、やぶれかぶれだ!

おれは覚悟を決めて、円袴のドレスをズバっと脱がしたのだった。

「お、お待たせしました」

「どーしたの。顔真っ赤じゃん。更衣室で扇風機つけなかったの?」

おれは顔中アッツアツの、ゆでだこ状態だった。

「いえ……なんでもないっす」

円袴の着替えは無事に終わった。最初やってきた時の、ジャージ姿である。

ただ練習時にひけを取らないほど、汗をかいただけだ。

未だに手に残る感触に、動悸が高鳴ってしょうがない。

「あ、しまったぁ~。そっかー、よく考えりゃその手があったよなあ。っか~、」

颯波先輩が、思いっきり後悔したといった顔で呟いた。

「なんですか?」

「わざわざ着替えさせなくてもさ、汰郎ちゃんのブレザーで羽織ってあげれば良かったってこと。今、気が付いた」

「ああっ!」

先輩はすまなそうに顔をこちらに向けた。いや、男がてへぺろするのはヤメて欲しいんですけど。

「あれ、今日はなんか賑やかだねー」

「あ、ヘキル。生徒会終わったのかい」

六色ムツイロ先輩」

部室の扉を開けて、とびっきり明るい声を発したのは、『六色 碧ル』先輩だった。2年生でこの部のマネージャーを務めている。その傍ら生徒会で書記もこなしているなど、とてもエネルギッシュで周りからの人望も厚い。

背中までかかるほど長いピンク色でストレートの髪が特徴のとても綺麗な人だ。

実はおれの密かに憧れている人だった。

「もう、ホントに勘弁して欲しいわ。なんで会議ってあんなに退屈でつまらないのかしらー」

六色先輩は「ん?」とこっちを見るとスタスタとやってきた。

「あなた、一年生の早良くんだよね。後ろに背負ってる子、ひょっとして小学生?」

「あ、ち、ちがうんです!これは、ちゃんと松里先生にも了承してもらって……」

六色先輩が驚いていたのでおれは慌てて弁解した。が、彼女は聞くそぶりなどなくササッと後ろの円袴を覗き込んだ。

すると、ほーぅと彼女の目の色が変わった。

「かーわーいーいーィィ!」

「わっ、」

六色先輩はおれから円袴をひったくると円袴をぎゅうっと抱きしめた。

あんまり強く抱きしめたせいか、さすがの円袴も目を覚ました。

「んにゃ……?ねーちゃん、だれ?」 

「こんにちは。わたし、六色 碧ル。碧姉でいいわよ♪」

ニッコリ笑う六色先輩は、おれがこれまで見た中でも群を抜いてとびっきり素敵な笑顔で、むしろおれのお姉さんになってもらいたかったことは内緒だ。

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