病気の村へ
疫病の村
「お前さん、本当に行くのか?」
老人は、何度もそう尋ねてきた。
「ヤケになるには早いぞ。服なら、ほかの村で探せばいい。わざわざ、あんなところへ行くことはない」
心底こちらを心配しているらしい。
何度も引き留めようとしてくれる老人に、私はしっかりと頷いてみせた。
「ご心配ありがとう、体結構丈夫だから大丈夫」
「いや丈夫だからとかそういう話じゃないんだが」
老人はまだ何か言いたそうにしていたが、やがて諦めたように首を振ると、馬車を進めていった。
その背中が遠ざかるまで、手を振って見送る。
親切な人間だった
気持ちよく背中を見送りながらふと思う
老人の話は、なかなか興味深いものだった。
村で流行っているという疫病。
まず、全身にあざのような不気味な模様が広がる。
やがて正気を失ったように獣じみた仕草をするようになり、最後には人間とは思えない吠え声を上げ、生肉を食べ始めるという。
看病していた者にも、同じあざが広がり、やがて同じように正気を失っていく。
まるで、病が人から人へと移りながら、人間を別の何かへ変えていくようだった。
蔓延しきる前に村を逃げ出した若者が、震えながら近隣の村々へ惨状を伝えたらしい。
話を聞いた周辺の村は、すぐにウリハラ村へ続く唯一の道を封鎖した。
あとは国からの支援を待つばかり。
……だったのだが。
いまだに支援は届かず、村は放置状態らしい
私は、にっこりと微笑んだ。
なんて好都合な村だろう。
人が来ない。
村人が減っても、誰も気にしない。
つまり。
安全な隠れ家であり、ご飯付きの住処というわけだ、病気で多少お腹を壊すかもしれないが全然問題ない。
あまりの幸先のよさに、胸が弾んだ。
しばらくはその村で村人でも食べながら過ごすのも悪くない
さっそく、老人に教えてもらった道を進む。
足取りも軽い。
そういえば、人間は嬉しい時、スキップというものをするらしい。
みていてご機嫌なステップだ
記憶の中の母体は、簡単そうにやっていた。
よし。
試してみよう。
右足を踏み出し、左足で跳ねる。
……足がもつれて顔から倒れるかと思った
今度は左足を踏み出し、右足で跳ねる。
……尻から倒れた
なぜだ。
どうして記憶どおりに動かない。
何度か繰り返しているうちに、どうにかそれらしい動きになった。
ただし、軽やかとは程遠い。
妙にぎこちなく、左右に歪みながら跳ねている。
「……意外と難しいんだな」
人間というのは、なかなか奥が深い。
村に着くまで練習していれば、もう少し上手くなるだろうか。
そうして、時折おかしな跳ね方をしながら歩いていると、やがて教えられた村の入口が見えてきた。
「……ここか」
足を止める。
村の入口には、大きな木の門があった。
その外側には、封鎖するためだろう。何枚もの木の板が打ちつけられ、門が開かないよう厳重に塞がれている。
板の隙間には、紙が一枚貼られていた。
雨風にさらされ、端は破れ、文字もずいぶん薄くなっている。
それでも、近づいて目を凝らせば、村が危険であること、決して門を開けるなという警告が書かれているのが分かった。
……なるほど。
ここまでしっかり封鎖されているなら、しばらく人間がやってくることもないだろう。
門越しに耳を澄ませてみる。
声は聞こえない。
人の足音も、生活の音もない。
もしかすると、すでに全員が飢え死にして、食べられる人間など残っていないのかもしれない。
それは困る、楽しみに来たのに。
せっかく来たのだから、まずは中を確認しよう。
門に手をかけ、よじ登る。
封鎖のために打ちつけられた板は、思いのほか足場に都合がよかった。
するすると上へ登っていく。
……が。
ビリッ。
「……あ」
布が引っかかった。
慌てて身体を止めたが、時すでに遅し。
布の端が、少し裂けてしまっている。
「…………」
いよいよ、本当に服が欲しい。
これ以上破れたら、口を隠すことすら難しくなる。
そんなことを考えながら門の上へたどり着き、村の中を覗き込んだ。
死体くらい、転がっていると思ったのだが、見える範囲には一つもなかった。
木で作られた家々が並んでいる。
通りは静まり返り、動くものの姿はない。
ひとまず門を飛び越え、近くにあった小さな家へ向かう。
一階部分は店になっていたらしい。
通りに面した戸は大きく開け放たれていて、中の様子がよく見えた。
棚には、乾燥した葉が並んでいる。
いや、並んでいるというより、散らかっていると言った方が正しい。
何かの薬草だったのだろうか。
棚からこぼれた葉が床にまで散らばり、踏まれたのか、細かく砕けたものもあった。
乾ききっているのに、妙な臭いが染みついている。
「嫌な臭いだ」
思わず顔を顰めた。
鼻の奥にまとわりつくような、苦くて、鼻を刺す臭い。
魔物を遠ざけるためのものだろうか。
これを毎日嗅いでいたら、鼻がおかしくなりそうだ。
床に積もった土埃は、そこまで厚くない。
少なくとも、何か月も誰も掃除していないという感じではなかった。
ここを最後に使った人間がいなくなってから、まだそれほど時間は経っていないのかもしれない。
店の奥には、別の部屋へ続く入口があった。
窓を閉め切っているのか、中は真っ暗だ。
外から差し込む朝の光も、入口のところで途切れている。
そちらへ近づくにつれて、あの独特な臭いが濃くなる。
染みつききった薬草の濃い匂いと低い唸り声
微かに、何かが唸る音と布が擦れる音がする
第一村人




