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アザの正体

虫表現注意です

薬草の臭いに紛れていたが、よく嗅げば生臭さも鼻についた。


何かが潜んでいる気配を感じながら、暗い部屋の奥へゆっくりと進む。


はぁ、はぁ、と荒い息遣いが聞こえた。


薄汚れた衣服をまとった男が、床にうずくまっていた。口元からは赤みを帯びた唾液がだらりと垂れている。部屋にこもる生臭さを考えると、どこかに負った傷が膿んでいるのか、それとも肉が腐りかけているのかもしれない。


噂どおり、男はこちらに気づくと吠え声を上げた。痰の絡んだ、ひどく濁った声だった。口から飛び散った血混じりの唾液が床を汚す。


ところが、吠えた直後に男は激しく咳き込み、そのまま床に突っ伏した。


首筋に、大きな青黒い痣が見える。


なるほど、これが。


思わず納得して息を吐いた。


獣のように吠え、正気を失って生肉を食べる。そんな話を聞いていたが、実際に目の前にいるのは、ただひどく具合の悪そうな人間にしか見えなかった。自分が魔物だから、そう感じるのだろうか。


人間の気持ちに寄り添うべく、想像してみる。


もしかすると、唾液を垂らしながらギャアギャアと吠えるこの姿は、怖いのかもしれない。


……うん。たぶん、怖いのだろう。


ひとまず、食べられそうかどうかをよく見ておこう。


男はどうにか息を整えようとしているらしく、背中を大きく上下させていた。近づいて衣服をつかみ、そのまま引き裂く。


男はぎょっとしたように暴れたが、ほとんど力が入っていなかった。露わになった身体は痩せ細り、骨の形が浮き出ている。いったい、いつからまともな食事を取っていないのだろう。


「これか。確かに痣……ん?」


背中一面に広がる青黒い痣を眺めていると、妙なことに気づいた。


よく見ると、痣は幾重にも重なっているように見える。指先で触れてみると、皮膚とは思えないほど硬かった。瘡蓋に似ていると言えばいいのだろうか。


爪を立てて引っ掻いてみる。


カリッと爪先に引っかかり、そのままぺりぺりと剥がれ始めた。


足で押さえつけられた男が、苦痛に顔を歪めて悲鳴を上げる。


なんでここまで痛がるんだろう。


剥がしたものを裏返してみた瞬間、背筋にぞわりとした感覚が走った。


「うおっ」


青い瘡蓋の裏側から、虫のような足が生えていた。


肉にしがみつこうとしているのか、剥がされたそれは、往生際悪く足をばたつかせている。


「虫? ああ、一応これも魔物なのか。魔蟲系かな」


母体の記憶を探れば、寄生型の魔物だとわかった。


正体がわからないまま裏返したから驚いたのだ。最初から虫だとわかっていれば、そこまで驚くこともない。


納得して息を吐いたところで、足元に違和感を覚えた。


男の背中に群がっていた魔蟲たちが、こちらの足にも噛みつき始めていたのだ。一匹捕まったことで危険を察知したらしい。


「あ、こら。噛むなよ」


足に食いついた虫が、次々とギィギィ鳴きながらのたうち回った。


やがて力尽きたように床へ落ち、仰向けになったまま動かなくなる。小さな脚が祈るように折り重なっていた。


「……あれ? まさか、そういうこと?」


見ている間にも、噛みついた虫たちは次々に床へ落ちていく。


私はそっと口元に触れた。布の下に隠した毒牙を確かめる。


どうやら、血にも毒があるらしい。


虫に噛まれた傷はすぐに塞がり、血が流れ続けることもない。しかし、噛みついた虫は、わずかな血に触れただけで死んでしまうようだ。まるで殺虫剤を直接飲み込んだような有様だった。


「さらに気をつけなきゃいけないことが増えたなぁ」


足元に散らばった虫の亡骸を手で払い落とし、立ち上がる。


魔蟲の観察に夢中になっていたが、いつの間にか男の悲鳴も聞こえなくなっていた。


妙に静かだ。


気になって顔を覗き込むと、男は額にびっしょりと汗をかき、苦しげな呼吸を繰り返しながら眠っていた。


全身を覆っていた痣は、いつの間にか消えている。


虫がいなくなった男は、ただひどい風邪でも引いた人間のように見えた。


「この村、皆が疫病にかかってるわけじゃないのかな」


そもそも、疫病ではないのかもしれない。


この村に、あと何人の人間が生き残っているのかはわからない。だが、先に魔蟲を駆除しておかなければ、こちらが人間を食べる前に、人間のほうが虫に食べ尽くされてしまう。


冗談じゃない。


決意を新たに立ち上がり、近くにあった水瓶から水を汲んだ。男の口元へ水を運び、少しずつ飲ませてやる。


ひとまず水さえ飲ませておけば、今夜くらいはもつだろう。ずいぶん弱ってはいるが、すぐに死ぬほどではなさそうだった。


私は男をその場に残し、次の家へ向かった。


そこでは、女が子供に覆い被さるように倒れていた。


子供のほうは、すでに死んでいるものと思っていた。しかし、近づいて確かめると、意外にもまだ息があった。


室内を見回せば、女がどれほど懸命に子供を看病していたのかがわかった。寝床の周囲には水や布が用意され、子供のために使われたらしい道具が手の届くところに置かれている。


その一方で、女自身の世話は後回しだったのだろう。


魔蟲は子供よりも、女の身体にずっと多く群がっていた。


手足は乾いてかさつき、骨ばかりが目立つ。生きていることが不思議に思えるほど衰弱していた。若い女なのか、年老いた女なのか、見ただけでは判断がつかない。


私は二人の手を取った。


すると、待っていたかのように魔蟲が指先へ噛みついてくる。


ギィギィと断末魔を上げながら、虫たちは次々に床へ落ちていった。

殺虫剤の会社に勤められる能力

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